副社長と秘密の溺愛オフィス
「チッ、思っていたよりも、早いな……もしもし、あぁ」

 前髪をかき上げながら電話に応え、副社長室に戻って行った。

 記事の出たタイミングと、電話中の態度から彼の母親からの電話だろう。

 そして彼の口にした〝面倒なこと〟とはおそらく彼の結婚についてだ。

 この手の噂がたつたびに、見合いの話しが持ち込まれる。それは彼がそういう立場にある人間だから仕方ない。

 いつか誰かと結婚をして、家庭を築く。彼のような立場の人間であれば私生活も周りに期待されるものだ。

 それは今、彼のまわりにいる女優やモデルというような絶世の美女かもしれない。

 もしくは彼のご両親が選んだ、甲斐家の嫁としてふさわしい人と見合い結婚するかもしれない。

 いずれにしても……そう遠くない未来に彼の隣には彼の妻の姿があるだろう。

 そしてそれは決してわたしではない。

 いつも女性であれな『来るものは拒まず、去るものは追わずの』社長――その例外がわたしだ。

『身近な女には手を出さない』だから安心しろと、秘書になりたてのときにはっきりと釘を刺された。

 それは暗に「俺のことを好きになるな」と言われているようなものだ。

 思い出してもチクンと胸が痛む。しかしそんな資格さえない。

 不毛な恋は、できるだけ早く終わらせよう。

 引出しの奥にしまっていた退職願に、日付を書き込む決心をした。

 落ち始めた砂時計の砂は、どんどん減っていく。わたしが副社長の秘書として過ごす時間はあと僅かだ。

 あがいてももがいても、砂時計の砂が落ちていくのを止めることは出来ないのだから。
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