副社長と秘密の溺愛オフィス
 オフホワイトのニットにブラックデニム姿の紘也さんが、お皿を覗き込んでいた。なんてことない普段着なのに、見とれてしまうほどかっこいい。

 思わず思考を奪われてしまっていたわたしの隙をついて、彼の手がお皿の上のカルパッチョに伸びる。

「ちょっと、味見」

 彼は真鯛をひとつまみし、それを口に運んだ。

「うまっ」

 紘也さんは大きく目を見開いた。それを見て思わず笑ってしまう。

「もうちょっとだけ」

 伸びてきた彼の手を、パチンと叩く。「いてっ」と言って大袈裟にわたしが叩いた手の甲をさすっている。

「ダメです。なくなっちゃう」

「いいだろ、別に俺のために作ってくれたんだから」

 すねた表情が、ちょっとかわいい。

「そうです。だからこそ、ちゃんとおいしく食べてもらいたい。席に座ってください」

「わかったから、そんな怒るなって」

 ケラケラと笑いながらダイニングに座った彼を、キッチンから見つめる。

 ここ一週間ひとりでこの部屋で過ごしていた。彼が戻ってくるまでは何とも思っていなかったのに、今ダイニングに彼がいるのを見て安心した。

 わたし、さみしかったんだ……。

 不本意な形で始まったふたりの生活に、いつのまにか慣れてしまっていた。彼がわたしの傍にいるのがあたりまえになってる。

「明日香? どうかしたのか?」

 名前を呼ばれてハッとする。

「ううん。何でもない。すぐにお料理そっちに持っていきますね」

「手伝おうか?」

「大丈夫です。お疲れでしょうから、ゆっくりしてください」

 準備をしておいた料理をダイニングのテーブルに運ぶ。その様子を紘也さんがずっと見ていた。
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