副社長と秘密の溺愛オフィス
「ふざけないでください!」

「ふざけてないんてない。俺と乾が結婚する。あのおふくろを納得させるにはああいうしかなかっただろ? なにかそれ以外の方法あるのか?」

「な……いですけど」

 たしかに〝結婚〟の二文字を出すと、お母様は今にも躍りだしそうなくらい舞い上がり、そして颯爽と帰っていった。

 それに、体がこんなことになってしまって何が正しくて正しくないのか、それを判断するのも難しい。結局のところ〝今〟を乗り切るにはこの方法しかなかったのだろう。

 とはいえ……結婚なんて。

「君も知ってると思うけど、ずっと『結婚しろ』って口うるさく言われてたんだ。だから俺にとっても都合がいい」

「都合がいい……ですか」

 自分との結婚を〝都合がいい〟なんて言われてちょっと胸が痛い。もちろん本当の結婚じゃないことはわかっているけれど、それでも好きな人に言われると傷ついてしまう。

「面倒だよな。結婚とか跡継ぎとか。俺ってば種馬じゃねーっての」

 ソファにドカッと横たわった副社長は、腕を組んだまま天井を睨んでいた。

「大変ですね。なんだか」

 両親がおらず弟とふたりで暮らしてきた明日香には、わからない苦労だ。

「何不自由なく暮らしているように見えて、本当はとても苦労されてるんですね?」

 わたしの言葉に副社長がわずかに体を起こして肘枕でこちらを見ている。

「まぁな。その立場になってみないとわからないことだらけだ。君も、化粧お化けで香水ばっかりきつい女と、見合いなんてしたくないだろ?」

 化粧お化けって……白塗りの幽霊みたいな女性を想像して思わず吹きだしてしまった。
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