副社長と秘密の溺愛オフィス
 人目につかないように非常階段を使っていると、いきなり声をかけられて驚いてしまった。顔をあげると上から掃除のおばちゃんが駆け下りてくるのが見えた。

「副社長! 事故に遭われたと聞いて心配していたんですよ。復帰されたと聞いてはいたのですが、ここのところ姿を見かけなかったので、お元気ですか?」

「え、あぁ。はい」

 いきなり話しかけられて驚いた。掃除のおばちゃんとこんなふうに話す仲なの⁉

「先日はうちの娘の結婚式に電報までいただきまして、ありがとうございました」

 え? わたしが手配した記憶がないから、きっとご自分で手配なさったのだ。

「お、おめでとうございます」

「はい。娘もとても喜んでいました。本当にありがとうございます。これからも一生懸命このビルを磨き上げていきます。あなたのような方が、この甲斐建設の立派な人でよかった。では、失礼します」 

 おばちゃんはバケツを持ちなおすと、頭を下げて階段を下りて行った。

 たしかに紘也さんはどの社員にも気さくに話かける。しかし直接業務に関係のない人にまでとは驚いた。どんな仕事をしている人でも、うちの会社の社員を大切にしているのだ。彼が仕事に優劣は決してつけない。それは人に対しても同じだ。

 やっぱりすごいな……。

 自分の憧れの人――入れ替わってますます彼のすごさを思い知る。それとともに自分の至らなさを痛感するのだけれど。

 色々と考えながら副社長室に戻り、やっと一息つけると思い持参しているタンブラーでジャスミンティーを飲んだ。

 もうひと口。そう思った瞬間ノックもなく扉が音をたてて開き、思わずむせてしまう。
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