眠らせ森の恋
 




 部屋に戻ったつぐみは、此処へ来るとき持って来たトランクをドアの前に置いた。

 本当なら棚とか動かして開かないようにしたかったのだが、それらを動かすような力はなかった。

 でも、これなら、奏汰さんが入って来ようとしたら、トランクが倒れるからわかるはず。

 よしっ、と思った瞬間、いきなり、ドアが外に開いた。

「つぐみ」
 足音もなく立っていた奏汰に、つぐみは、ひーっ、と息を呑む。

「……なにやってるんだ」
と奏汰は足許にあったトランクを見て言ってくる。

 ひょいとそれを跨またいで、入ってきた。

 そうだ……。

 外開きだった、このドア、と自分の粗忽(そこつ)さを呪いながら、トランクを見ているつぐみの頭の上で、奏汰が、

「逃げるな。
 無理強いはしない」
と言ってくる。

 いやっ、しましたよねっ、今っ、とつぐみは身構える。

「本当だ」
と言う奏汰は本当にそれ以上、入っては来なかった。
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