(完)最後の君に、輝く色を
それからの日々はあっという間だった。



起きてから、眠りにつくまではまるで数分の出来事のようで。



それでもその数分の中で、私はキャンバスの前に座り続けた。



ただ無意識に見つめていた、私が描いた飛鳥を。



今日も、今日とて、私はそうやって見つめている。



飛鳥。今どこにいるの。元気なの。



心の中で問いかける。



「…い、おーい、島内ー」



誰かを呼んでいる。



あ、島内って私か。



「え?」



ゆっくり声の主を確認する。



「…先生」



「お前ひどい顔してんな。ちょっと外出るぞ」



先生は親指をドアの方に向けて首を傾けた。



立ち上がって、ついていく。



向かったのは、休憩室だった。



主に教師が使う教室で、たまに保健室が使えない時なんかに代わりとして使われている。



ソファと小さな机、ベットが数個ある。



「お前、最近おかしいぞ?井上たちも心配している。なんかあったのか?あ"、もしかして俺が降ったから…」



「それは全く関係ない」



「そっすか。じゃあなんで」



「…私はほんとに何にもできなくて」



台の上に小さな水滴が何粒か落ちる。



涙が出ない私は血も涙もない、最低な女なのかと思っていた。



違う、ずっと泣きたかったんだ。



でも泣いたら、なにもかも終わってしまいそうで、飛鳥との少ないけど濃ゆい思い出まで消えてしまいそうで泣かなかった。



だけど、もう止められない。



水滴はだんだん大きな水たまりを作る。



「私は誰1人守れない。自分のことしか考えられなくて。だから傷つけていることにも気づかなくてっ」



静かなこの部屋に、私の鼻をすする音だけが響く。



先生は黙って、ティッシュを渡してくれた。



「お前はさあ、自分を低く見積もりすぎなんだよ。
もうちょい自信持てよ」



「だって、何もできないんだもん、自信なんて持てない」



「お前には絵があるじゃないか。誰にも負けない絵の才能を持ってるじゃん」



「でもそれだけ!」



「お前は絶対集団で人の文句言ったりしないだろ?そういうのってすごい勇気がいることだと思うよ」



「そんなの…」



「それで十分じゃねえか。まだ他に何が欲しい?
俺はさ人はさできることが多いのより、できないことが多い方がいいと思うんだよ。
だって、なんでも自分でできたら誰かと助け合う必要ないじゃん、全部一人でやって結局孤独だ。俺はそういう奴を知ってる」



「でも出来ないことが多かったら、誰かと助け合うしかないから、支え合ってお互いに成長できる。
それぞれの糧になる。
最高の仲間ができる。
お前にはそういう仲間がたくさんいるだろ?
そいつらはお前が頼ったら文句を言うのか?
お前何にも出来ねえなって言うのか?」



「言わない、絶対言わない」



そうだ。



「そうだろ?
たしかに心の傷は簡単に癒すことができない。
傷つけた相手に許してもらうのは根気と勇気が必要だ。
だけど、そうやってずっと落ち込んで見えないふりしてるより、やるべきことがあるんじゃないか?
何もできない奴なんて一人もいない、誰だって何か一つはできるんだ。
だから、怖がらないで目を開けろ。
お前の絵で同じような奴に世界の広さを教えてやれ」




「〜〜っ、先生ありがとう!私初めて先生のこと尊敬した!行ってくる!」



「おう!俺の素晴らしさみんなに教えてやれ!」



「それはやだ!」



勢いよく外に飛び出した。



明日の昼休み飛鳥に会いに行こう。



そして、今は絵を描こう。



辛くても苦しくても私は絵を描き続けないきゃいけないんだ。





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