美意識革命
「お、おやすみなさい!」

 森と目を合わせることができなくて、由梨はすぐさま森に背を向けて、階段を上ろうとした。

「九条さん!」
「は、はいっ!」

 呼ばれたから、思わず振り返ってしまう。顔はなるべく見ないでほしい。

「…ありがとうございます。僕の話をちゃんと聞いてくれて。かえって僕が励まされてしまいましたね。」
「…え、いやあの…そんなつもりじゃ…なくて、ですね。」
「九条さんにそんなつもりがなくても、僕は充分、元気をもらいました。…ありがとうございます。じゃあまた、ジムで。」
「は…はい。」

(…やらかした感しかない…。どうして言いたいことを我慢しなかったの私…!)

 森がいい人だったからよかったものの、余計なお世話すぎる言葉を投げかけてしまった。ここは深く反省するべきところだろう。

「…ジム、絶対スタッフさんがいない時間に行かなきゃ…。」

 すぐには合わせても大丈夫な顔を作れそうにない。


― ― ― ― ―

 ドアを閉めて、ソファにどかっと腰掛けた。ため息しか出ないのは、彼女のせいだ。

「…なんだ、最後の。」

 灯りのもとで、赤く染まった頬に気付いてしまった。それでも目を逸らさずに言い切った彼女はやはり、純粋で真っ直ぐな人だと思う。そしてとても真面目だ。
 泣きそうになって、それでも涙をぐっと堪え、自分の話にも耳を傾けて、その言葉ひとつひとつを大切に受け止める。だからこそ、最後にあんなことを言ってくれた。また誰かを好きになれるのかと呟いた、あんな言葉の一つでさえ、彼女は聞き逃さなかったようだ。

「俺の方は始まっちゃったかもしれないよ~…九条さん。」

 2年のブランクと年の差4歳をどう乗り越えるかはさておき、彼女を目で追い掛けるには充分すぎる理由ができてしまった。

「…また誰かを好きになる日が、くるかもしれない…なんてね。」

 彼女と秘密の共有者になりたかったのは、最初から自分の方だったのかもしれない。
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