彼の甘い包囲網
絞り出すような奏多の声。

こんなにも苦渋に満ちた奏多の声は初めて聞く。

どんな時でも。

奏多は悔しいくらいに自信満々なのに。



「……ごめん、楓……。
何があったかは柊から聞いてる……俺は今すぐ戻れないけど、出来るだけ早く戻る。
お前のことは何があっても俺が守るから。
だから、頼む。
頼むから……俺から離れないでくれ……っ」

「ど、して……そんな、こと……」

掠れた私の声を奏多が拾う。

「なあ、楓。
俺が一番恐いものが何かわかるか?
お前が俺の傍からいなくなること、お前が離れていくことだ。
……お前がいなくなったら、俺は……どうしていいかわからない」


これは奏多?

こんな奏多は知らない。

こんな弱気な奏多は見たことがない。

私は今まで自分が打ちのめされていたことも忘れて必死で声を出す。



「いなくなんてならないよ……!
私が、どれだけ奏多に、会いたいと思ってるの……!」

涙声で訴える。

「不安だよ、恐いよ!
帰って、きて、よっ……!
留学の、時も、今もっ何で連絡、くれないの!
いつも、そうやって、勝手に決めて何も教えてくれないのは奏多じゃ、ない!
わ、私がどんな、気持ちでっ……!
な、何で奏多をす、好きなだけで、責められなきゃいけない、のっ。
わた、私は傍に、傍にいちゃ、ダメなの?
こ、こん、婚姻届だって書かせたく、せにっ」

グチャグチャの言葉で訴える私に。

奏多が息を呑む音が聞こえた。

フローリングに座り込んで堪えきれずに嗚咽をもらす。

わあわあ、と泣き崩れる私の声を奏多はずっと聞いてくれていた。

「……ごめんな。
楓?
聞いてるか?」

先程とは違う落ち着いた優しい声。

「……楓、愛してる、誰よりも。
お前だけが愛しいんだ。
自分でも信じられないくらいにお前が大切なんだ。
泣かせてごめん。
きちんと説明できてなくてごめん。
連絡しなくてごめん。
……お前の気持ち、ちゃんとわかってなかった。
全力で片をつけて直ぐ戻るから待ってろ。
誰が何て言ってもお前だけが俺の婚約者だ」
< 175 / 197 >

この作品をシェア

pagetop