彼の甘い包囲網
「乗って」


黒塗りの車が塾から少し離れた場所に止まっていた。

柔和な顔立ちの男性が出迎えてくれる。

立川です、と名乗ってくれた彼は、私を見てニコリと微笑んでくれた。

慌てて頭を下げる。


「奏多。
何で、こんな……」

「話がしたいんだ。
夜も遅いし寒いから。
柊には伝えてある。
早く乗って」

「……奏多さん。
無茶は大概に。
きちんと理由を仰って乗車していただいてください。
私は煙草を吸いに三十分席を外しますから。
くれぐれも安堂様に変なことをなさらないように」


冷静な声が響いて。

何とも言えない表情の奏多がうるせえ、と悪態をついた。


「……二十分にしますよ?」


立川さんに笑顔で言われて。

奏多は慌てて私を車の後部座席に押し込んだ。


バタンッ。


後部座席のドアが閉まった途端。

奏多が私を胸にギュッと閉じ込めた。

ドキン、ドキン、ドキンと一気に鼓動が加速していく。

耳が、頬が熱い。



「……俺はお前を諦めないよ?」



耳元で響く吐息混じりの奏多の深い声。

壮絶な色香を纏う。



その一言で。

わかってしまった。

奏多が私を迎えに来た理由。

数時間前のことを気にしてくれていたからだ。


「留学はする。
だけど。
俺はお前を手離さない。
何度も言っただろ?」


奏多が私の髪にそっと口付ける。


ドクン!


心臓が一際大きく跳ねた。

「……何、を……」

震える唇を動かす私に。

奏多は飄々と答える。
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