彼の甘い包囲網
「まあ、何はともあれレポートも無事に終わって良かったよねえ」

「あれ?
紗也ちゃん、拓くんと帰らないの?」

「今日は部活だって」


話をしながら三人で校門に向かう。

ジンワリと蒸し暑さが続く毎日。

朝の早いうちから日が高く上り、容赦ない日差しが照りつける。

すれ違う人の服も半袖や薄着に変わり、季節の移ろいを感じる。

すっかり日が長くなり、夕方になった今も日中と変わらない日差しが降り注いでいる。



「誰、あの人!」

「やだ、めっちゃカッコイイ……」

「誰か待ってるのかな?」

「ね、声かけてみる?」


校門前がやたらざわついていた。

女子の黄色い悲鳴にも似た声が聞こえる。


「何?
何の騒ぎ?」

人一倍情報に敏感な鈴ちゃんが興味を示して近くの知り合いに声をかけている。

「校門に誰か来てるの?
……随分前にも見た光景ね……」

紗也が口を開く。

「さあ?」

返事をする私。

「……素っ気ないねぇ、楓ちゃん」

苦笑する鈴ちゃん。


周囲のざわめきを無視して。

すっかり葉桜になってしまったお気に入りの桜の木を見ながら歩く私の耳に。

懐かしい声が届いた。



「楓」



紗也か鈴ちゃんに呼ばれたのだと思った。



「楓」



二人とは違う、低く耳に残る男性の声。

心臓が鷲掴みにされたかのように身体が動かなくなる。

甘くトロリと身体に沁み込む声。



こんな風に。

私の心を揺さぶるように名前を呼ぶ人は。

……一人しかいない。
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