たとえ嫌だと言われても、俺はお前を離さない。

「いらっしゃいませー。あら、綾菜ちゃん!」

その日の仕事帰りに私がやって来たのは、部長と先生が常連だというあのレストランだ。
部長とのデートの帰りや仕事終わりなどに、二人で何度かここへ足を運んだので、スタッフの桜井さんも私の顔と名前は既にしっかと覚えてくれている。

部長とも先生とも親しそうな桜井さんになら、少しだけ心のモヤを吐き出せるんじゃないかと思った。



「今日は一人なのね?」

「あ、はい。すみません……」

「何で謝るのよ! カウンターでいい? さぁさ、座って!」

桜井さんに明るく促されて、私はそっとカウンター席に腰をおろす。
いつも思うけど、桜井さん明るくていいなぁ。私もこういう性格になりたい。


彼女に渡されたメニューを見ながら、トマトソースのパスタとオレンジジュースを注文した。

仕事が終わるのが少し遅くなり、ここへ入った時には二十時を過ぎていたせいか、店内はさほど混んではおらず、私の注文メニューは時間が掛かることなく目の前に差し出された。


「いただきます」

カウンター越しの桜井さんにそう言うと、私はフォークにパスタを巻き付けて口へ運ぶ。トマトの甘酸っぱい風味が口内に広がって美味しい。


「で、今日はどうしたの?」

身を乗り出しながら、桜井さんが笑顔でそう尋ねてくる。


「え?」

「綾菜ちゃんが一人で来るなんて初めてだから、何かあったのかなって気になって。表情も心なしか暗いし。亮くんと何かあった?」

「ええと……」

まさに部長のことを相談しにここへ来たはずなのに、直球でそう聞かれるとつい言葉に詰まってしまう。人に聞かれたくない話のため辺りを見回すけど、カウンター席には私以外のお客さんは誰もいないため、その心配はなさそうだ。


私はゆっくりと口を開く。


「……本当のことを聞きたいのに、相手が話してくれない時は、何も聞かずに我慢するべきなんでしょうか?」
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