【番外編追加中】紳士な副社長は意地悪でキス魔
その後しばらく静寂な空間が車内を支配した。雅さんが遠くにいるように感じられて、私はいつものように軽口をたたく気分になれなかった。

マンションの前に着いて車は路肩に停められた。サイドブレーキを引いた雅さんは自分のシートベルトを外して身を乗り出した。助手席のシートに左手をかけ、顔を近付けてくる。

その雅さんの向こうに人影が見えた。橘さんが歩いてくる!


「どうしたの? ハニー」


ここで「橘さんと待ち合わせで部屋に荷物を」なんて正直に話したら、このひと、なにをしでかすかわからない。橘さんとよりをもどしたいわけではないけれど、雅さんが余計なことをバラして、橘さんに“酔って記憶をなくして知らない男とやりました女”には認定はされたくない。せめてきれいなままで橘さんと別れたい。


「な、なんでも……ないです」
「じゃあ遠慮なく。もう口紅は取れてもかまわないね?」


顎を軽くつままれ、唇が重ねられた。ついばむようなキスから始めて、今度は舌で口紅をなめ取られる。時折、ちゅ、とわざと音を立てて。

私の脳内は雅さんとのキスと橘さんに見られてしまうかもという両天秤でパニックに陥っていた。

しばらくして雅さんは満足したのか私から離れた。思わず雅さんの背後を確認する。橘さんの姿はなかった。気付かずにエントランスに入ったのだろう。心の中でほっと胸をなで下ろした。


「じゃあまた明日」
「あ、ありがとうございました」
「どうかしたか? キョロキョロして」
「い、いえ! 何でもないです」


明日は必ずネックレスを、と彼はウィンクした。
助手席を降りて、雅さんの車を見えなくなるまで見送った。それは雅さんのためにしたのではなくて、これから元恋人に会う背徳からだ。急にUターンしてもどってこないことを確認してエントランスに入った。
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