とある腐女子が乙女ゲームの当て馬役に転生してしまった話





♢ ♢ ♢






ハース・ルイスの名前を聞いた晩、その日は綺麗な満月。あの私自身に対する盛大な突っ込みのあと、すごく心配してきたオリバーに「大丈夫、大丈夫だから」となだめて、その後通常どおりオリバーの授業を受け終え、自室に戻った私は、机の上に、ノートを広げて、ペンを握る。





とにかく、今思い出せるあのゲームのことを整理して、書き出してみようと思う。





私があの通り魔に殺されるまでやっていたゲームの名前は、「Magic Engage」。魔法の世界で、魔法学校が舞台で、恋愛シミュレーションのゲーム、いわゆる乙女ゲームだ。端的に言ってしまえば、そこに入学した主人公であるヒロインが、攻略対象と恋に落ちて、婚約するまでを描く乙女ゲーム。




そんな「Magic Engage」の世界ではほとんどのものが身分関係なく、魔力を持って生まれてくる。そうした中で、16歳になるとそのなかから、より優秀な者を選抜するのがフィアーバ国立学校入学試験だ。入学するために必要なものは、魔法を扱えるだけではなく、魔力の高さ、魔法に関する知識、その他、他と違う秀でた何かを持っている必要がある。




また、この世界の魔法は、大きくわけで、それぞれ火・雷・水・土・風の5つに分類される。ほとんどの者が、この5大要素の魔法に分けられる中、まれに光を持って生まれてくる子どももいる。それに反して、闇属性の魔法もあるらしいが、それは禁忌の魔法とされ、後天的に発現するしかない。




さて、そんな「Magic engage」のゲームの攻略対象は、全部で5人。






1人目は、「ハース・ルイス」。魔力の属性は、雷。「紳士×腹黒」が彼のキャッチフレーズ。この国を守る騎士団団長の一人息子。外見は、金髪碧眼で飾っておきたいくらいの美少年で、まさに王道の騎士様だ。なんでもできる天才で、とても紳士的で一見温和。しかし、一方で努力しなくても何でもできてしまうため、努力は無意味であると感じている。また、次期騎士団団長と言われ、周りの令嬢から言い寄られることが多く、自分の外見や立場しか見ていないと思っている。そのため、女を信用できないと思っているため、性格はかなりゆがんでいる。







2人目は、「ルーク・ウォーカー」。魔力の属性は、風。「小悪魔×女たらし」が彼のキャッチフレーズ。外見は、漆黒の髪に、紅色の瞳。妖艶すぎるその見た目で、莫大な魔力を持っており、その気になれば、街一つを破壊することが可能。「悪魔の子」として恐れられ、他人から腫れ物を扱うようにして接された結果、誰からも自分は必要とされていないし、自分も誰も必要としていない。自身の素性を知らない令嬢達を自身の虜にしては捨てている。







3人目は、「ミヤ・クラーク」。魔力の属性は、火。「元気×さわやか」が彼のキャッチフレーズ。浅黄色の髪に、
真紅の瞳。そんな彼は、両親が多忙のため、幼少期は一人で過ごすことが多く、自身は発明ばかりしていた。そのため失敗してもめげないポジティブ思考。とにかく、発明にしか興味がなく、それゆえ、少し違った行動を取ってしまうことがあるが、他の攻略対象と違い比較的常識人。






4人目は、「ユリウス・ホワイト」。魔力の属性は、水。「のんびり屋×ミステリアス」が彼のキャッチフレーズ。
白髪で、淡藤色の瞳の外見の彼は、両親が魔法薬学の第一人者で、幼少期は一人で過ごすことが多く、マイペース。何を考えているのかわからないため、周囲から一線を引かれている。本人は、それに対して、それでいいと考えているようで、気にしていない。






5人目は、「オスカー・アーロン」。魔力の属性は、土。「孤高×クール」が彼のキャッチフレーズ。この国で著名な画家の子息で、自身もその才能を遺憾なく発揮する天才…だと周囲は思っているが、彼自身はそうは思っていない。幼少期から、自分の才能に限界を感じ、スランプに陥っている。そんな自分が生み出した作品が評価されるたびに、嫌気がさしている。









そんな美形な5人が攻略対象と恋に落ちるのが、「Magic engage」のヒロインだ。彼女は、最強の光の魔力の持ち主で、両親が、早くに亡くなったため、孤児院で育ち、その際に、光の魔力が発現した。希少な光の魔力の持ち主。もちろん16才になり、フィアーバ国立学校に入学する。そんな彼女は、どんな状況におかれても、常に明るく振る舞う。気丈な彼女に、攻略対象はしだいに惹かれていくのである。そして、ともてに愛を育んでいき、最終的にその攻略対象と婚約するのである。







…で、正直に言おう。私は、彼らを攻略対象として見てはいなかったのである。






腐女子の性か、最初の1週目は、まともに自分の名前を入力してプレイしていたものの、2週目になると、特殊な攻略をしていた。まぁ、端的に言えば、攻略中に言われる数々の甘い言葉の数々を他キャラに置き換えていたのである。…そう、腐女子界隈でいう専門用語でいうと、攻めが受けにいうがごとく。たとえば、死ぬ直前、紳士な腹黒の「ハース・ルイス」×小悪魔女たらしの「ルーク・ウォーカー」のカップリングにはまっていた私は、「ハース・ルイス」の攻略中のとき、自らの名前ではなく、「ルーク・ウォーカー」とわざわざ名前を変えて、プレイしていたほどだ。その前は、「ユリウス・ホワイト」×「ミヤ・クラーク」でやってみたり、「ハース・ルイス」×「オスカー・アーロン」でやってみたり、いろいろな組み合わせでプレイしていたのである。ちなみに、私はこの作品に関して言えば、地雷がなかったので、思う存分楽しませてもらった。





まぁ、それはともかくとして、その甲斐もあってか、プレイ中のクライマックスの告白は熱かった。いや、本当に熱かった。だってさ、タイプが違うイケメンがイケメンに真剣にプロポーズしているんだよ。





いや、本当にまじ尊い。本当にごちそうさまでした。圧倒的語彙力不足。当時は、好きすぎて、前世でやっていたファミレスのバイトで稼いだお金を全額「Magic Engage」の同人誌に捧げたほどだ。前世の神絵師様たち、本当に感謝!





…と、いかん。いかん。だいぶ話が逸れた。





この他にも、この乙女ゲームを盛り上げるために、当て馬的存在のキャラがいた。亜麻色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。そこそこ綺麗な顔立ちだが、中身は性格がきつい悪女。物語にも関わるがどのルートも当て馬ポジション。つまりは、どのルートでも結ばれないヒロインにとって、ライバル的な存在のキャラ。正直言って、ゲームのパッケージにのっていた彼女をみたときは、『当て馬キャラでこのクオリティは、なかなかやるな、制作会社』なんて思っていた。しかし、いざ、ゲームを初めてみると、性格が悪すぎた。攻略対象と何かしら関わりがあり、ヒロインに陰湿な嫌がらせを行っていたのである。どうして、こんな悪女が入学できたんだと思ったが、彼女は、他の人が本来一つの属性しか使うことができないのに対して、火・雷・水・土・風、5つのすべての属性を使うことができる唯一のキャラだった。…だが、しかし、その魔力はしょぼすぎた。たとえば、ろうそくの火を大きくする程度、雷なら、静電気で髪をぐちゃぐちゃにする程度で…。まぁ、結論、その程度のしょぼい魔法。




にもかかわらず、最強の光の魔力を持つヒロインに嫌がらせを繰り返していた。ゲームのプレイをして、なんて性悪女なんだと画面越しに、ちょっと引いていた。正直、もし実在するならば、このキャラとは友達になれないとまで思わされた。どのエンディングを迎えても、主人公に陰湿な嫌がらせをしていたのが発覚して、最終的には学校を退学になる。その後の彼女は…どうなったのだろう?まぁ、あんな性悪だったし、自業自得だよね。




…名前は、確か…。







『アリア・マーベル』







思い浮かべた名前をノートに書き出して名前を見た瞬間、思わず固まる。







「…私じゃん―――!!!!!????」







私の悲痛な叫びは屋敷中に響き渡ったどころか、屋敷の外にまで聞こえたそうだ。
< 4 / 12 >

この作品をシェア

pagetop