とある腐女子が乙女ゲームの当て馬役に転生してしまった話
♢ ♢ ♢



叔父からの承諾も得て、無事社交界から抜け出すことに成功した私は、屋敷の社交界が開かれている場所から、かなり離れた庭園にいた。ただし、照明などはなく、ただ月明かりに照らされ、白薔薇で埋め尽くされ、手入れの行き届いた庭園はまるで作り物のよう。さて、これから、何をしようかと、ひとまずは照明が必要だと思い、白薔薇に魔力を込めた手をかざす。すると、淡い黄金色の光を放った。その瞬間…


「すごいですわ!!」
「…!?」


背後から、少女らしい甲高い声が聞こえ、思わず振り返った。振り返るとそこにいたのは、長い髪を綺麗に結い、見るからに高級そうなドレスを身にまとった少女がいた。おそらく、社交界の出席者だ。見るからに傲慢知己なお嬢様育ちだ。やっかいなことになった…。心の中で、そっとため息をついて、笑顔を貼り付ける。


「これ、あなたがやってらっしゃるの?」
「…そうですよ」

「すごく、綺麗ですね!これ、あなたの魔法ですか?」
「…はい。エンチャントの応用です」
「エンチャントというと強化魔法のことですよね」
「よくご存じで」


そう答えれば、こちらに近づいてくる。


「素敵な素敵な魔法ですね」
「ありがとうございます」


彼女は、感動したとばかりに私とは全く違う心の底からの笑顔を浮かべる。


「是非、どのようにしているのか教えてください!」


おまけに、私の右手を取って、彼女は自身の両手で挟んできた。咄嗟のことで、私は思わず動揺してしまった。令嬢が、簡単に手を取るなんて、ありえないことだ。


「あ、ごめんなさい。はしたない真似を」


本人も、思わずやってしまったとばかりに、ぱっと手を離して、即座に謝ってきた。


「いえ、大丈夫ですよ」


少し驚いたが、何事もなかったかのように振る舞う。しかし、今までに見たこともないタイプの令嬢だ。今までは、強化魔法を見せたとしても、珍しい魔法だからと言う評価しか受けてこなかった。開口一番、みな口をそろえて、希有な、珍しいという。なのに、彼女は、素敵だというのだ。それも取り繕っていっているわけではない。心の底から感動しているとばかりに声を弾ませて。そんなことを考えていると、彼女は姿勢を正し、ドレスを軽くつまみ、挨拶をしてきた。



「申し遅れました。わたくし、アリア・マーベルと申します」
「…アリア・マーベル」


繰り返して、彼女を見る。アリア・マーベル…。以前、彼女の名前をどこかで…。


「あの…?どうされましたか?」


心配そうにのぞき込んでくる彼女を見て、ふと思い出した。社交界で、たびたび噂になっているご令嬢だ。身分の高いマーベル家の魔力のない令嬢。その一方で、確か、魔法学や魔法薬学、魔法に関するものの知識は、高いと聞き、魔法が、使えないのに、無駄なことを…、と思ったことがあった。この強化魔法を使ったからだろうか。強化魔法を使った彼のことを思い出した。彼は、血のにじむような努力をして、強化魔法を習得した。けれども、あっさり、この私に抜かれてしまい、この騎士の世界から去った。それを思い出してしまった。


「それは、無駄ではないでしょうか」


思わず、それを口に出してしまった。


「はい…?」
「失礼ながら、アリア様は、魔力がない方とお聞きしています」
「はい、残念ながら」


淡々という私を彼女はぽかーんとしながら見る。なんで、こんな初対面な彼女に、ムキになっているのだろう。苦労知らずで、自分の思いのままに生きてきたであろうこの少女がなぜだか腹立たしかった。知らず知らずのうちに、あのときの強化魔法の彼と状況を重ねてしまったのだろうか。今日の私はどうかしている。かすかに残る冷静な頭で思うが、突き放したように口に出してしまった。


「魔力がないのに、学んでどうするんですか?できないものを一生懸命やるなんて、無意味だと思いませんか」


呆気にとられた風な彼女。けれども、それも一瞬で、すぐに意思の強い瞳で私を見据えた。


「私は、できないものをできないから諦めるっていうことのほうが、よほど愚かしいと思います」


彼女はそう言い切った。


「…なぜ、そんなことが言えるんですか?」


できないものに固執する意味が…。努力する意味が…。私には理解できない。
そんな私の問いに、彼女ははっきりと答えた。


「私は、魔法が好きだけど、魔力は確かにないわ。けれど、それが、何だって言うの?好きなものを好きで何が悪いの?それを学ぶことがそんなに愚かなこと?」


そう、はっきりと言い切ったのである。


「…私は、友人の方が、早くに始めたことでも、私の方が先にできるようになってしまいます」

つい、自分の気持ちをこぼしてしまった。


「それは、人よりも飲み込みが早いという素敵な才能だわ」


これを素敵な才能とキミは呼ぶのか。けど…。


「でも、周りはそうは思いません。私のせいで、誰かが挫折して、不幸になっていくんです。だったら、最初から、無意味なことなんて、しなければいいんだ!!」


けど…。私は、この才能で、他の人の人生を閉ざしてきた。閉ざすつもりなんてなかったのに…。だから、最初っから、できないものに固執する意味なんてないんだ。


思わず、乱暴な物言いになってしまい、はっとして、目の前の彼女を見る。すると、彼女は、笑っていた。


「でも、私は、あなたの魔法、感動しましたわ」
「……」
「魔力はないですが、挫折なんてしていません」
「……」


彼女は、私の過去なんて知らない。
この強化魔法で誰かの道を妨げたなんて思いも知らないだろう。


「最初に言いましたわ。すごいですわ!って!あなたの魔法で、幸せになりました。この場に、不幸になった人なんていませんよ」


けれども、彼女の一言で私がどれほど救われたか…。
誰かを不幸にしかしていないと思っていた自分が、誰かを幸せに出来るなんて、そんなことを考えたこともなかった。


「はは…私は何を悩んでいたのでしょう」


今まで、何を悩んでいたんだろう。私は、その日、初めて、今までの作り物の笑顔ではなくて、心の底から笑えたような気がした。



♢ ♢ ♢



アリア・マーベルと出会った社交界の翌朝。朝食を取るために、私は食堂へと足を運んだ。


「ハース、おはよう」
「おはよう」
「おはようございます。父上、母上」


あいさつをして足を踏み入れれば、そこには、テーブルについて、仲むつまじく寄り添うように、食事を取る父と母の姿があった。


「昨日の社交界はどうでしたの?」


テーブルにつくと、そう母が尋ねてきた。


「騎士と貴族の溝を埋めることができるように尽力いたしました」



「聞きましたよ。どこかのご令嬢と一曲交えたそうですね」


どこか嬉しそうにいう母。


「…そうですね」


あのあと、アリア・マーベルと社交界に戻った後、ダンスを一曲踊った。どこかぎこちなく踊る彼女を思いだし、ふと口元が緩んだ。


視線を感じて、父と母の方を向けば、私を見て不思議そうに二人とも目をしばたかせていた。


「…どうされました?」


どうしたのだろうと思って尋ねれば、先ほどまで黙っていた父が口を開いた。


「…いい顔をするようになったな」
「…え?何がですか?」


いい顔?何がだ?思わず、きょとんとしてしまう。


「…気づかないなら、別にいい。今日は、その令嬢の所に行くのだろう?」
「はい、昨日、いろいろと失礼なこともしてしまったので、そのお詫びも兼ねてですが」
「名前は何というんだ?」




彼女の顔と言葉を思い出し、私は“彼女”の名前を口にした。




「アリア…、アリア・マーベルです」



♢ ♢ ♢



彼女と出会ったおかげで、ただつまらく過ぎていた日々が、確かに変わる予感がした。
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