嘘つきな君


「好き……なんかじゃない」


未だに悪あがきする私の心。

好きだと分かっているのに、認めたくない。

傷つきたくない。


「――好き……」


それでも、やっぱり本当の心は欺けない。

溢れて零れた言葉が、静かに落ちる。

だけど、それと同時に胸が熱くなって目頭が痛む。


もっと素直に生きられたらって思う。

自分の思うままに生きれたらって。


だけど私達が生きる場所は、もう学校とか部活とかサークルとかそんな世界じゃなくて。

いろんなものが絡み合った、小さな小さな箱の中の世界。

どこにも逃げ場所なんてなくて、生き辛い世界。

未来の見えてしまう、世界。


学生の頃は生きにくいと思っていた世界も、今思えば沢山の選択肢があって、広い世界だったのだと分かる。

行こうと思えば、どこにでも行けた。

自分の気持ちも真っ直ぐに伝えられた。


だけど。

今いる小さな箱の中の世界で、昔の様に思うがままに気持ちを伝えてしまったら。

素直に生きてしまったら。

きっと、その沢山の糸に絡みとられて動けなくなってしまう。

そうと分かっているから、前に進めない。

自分の気持ちに気づいているのに、足踏みしている。


今にも涙が零れそうになって、ぐっと唇を噛む。

大丈夫、まだ戻れる。

出会った頃の、何とも思わなかった日々に戻れる。

以前の私に戻れる。


いつも通りの悪魔みたいな男だと思えばいい。

そう思えば、何もかも丸く収まるんだ。


呪文の様にそう唱えて、自分に魔法をかける。

感じたくないものを、感じなくするための魔法を。

自分を守る為の魔法を。


「さ、仕事仕事」



大丈夫。

きっとまだ、好きじゃない――。


< 128 / 379 >

この作品をシェア

pagetop