嘘つきな君
初めて会った時は、同じ様に転んでいた私には目もくれず、あんな冷たい言葉をかけたのに。

どうして今はこんなにも優しくするの?

期待してしまう様な事をするの?


あの夜の私と、何が違うの?

常務は、何が違うの?

あの時みたいに冷たく突き放してくれたら。

こんな気持ちにも、こんな想いもしなかったのに。


訳の分からない感情に、涙が出そうになる。

胸が苦しくて、押し潰されてしまいそうになる。

どうしていいか分からない。

常務は少しも悪くないのに、何故か苛立ちが増して、ぶつけてしまう。


絡み合う2人の視線。

揺れる事なく私を見つめるそれに、心臓が痛い程激しく鳴る。


「どうして?」


まだ私の中に残る理性が、私にそう言わせる。

彼を遠ざけようと、忘れようと。

きっと、そう問えば、ただの気まぐれだって彼なら私を突き放すだろうから。

私の知っている彼は、そういう人だから。


だから、そう言ってくれれば、この胸の苦しさも和らぐかもしれない。

彼への想いを止める、起爆剤になるかもしれない。


――…でも、心のどこかで期待している自分もいる。

淡い淡い期待が、ゆらゆらと揺れる。


答えを急かす様に、じっと彼を見つめる。

だけど。


「――…やっぱり、いいです」


勝ったのは。

私の心の中で芽吹く、真っ赤な想い。



―――突き放されるのが怖かった。


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