嘘つきな君
「意地張るな」

「え?」

「言っただろ。もっと頼れって」


呆れた様にそう言った彼が、私の手から氷を奪い取ってタオルを剥がした。

そして露わになった私の足に、そっと手を添える。


「痛むか?」

「少し……」

「だいぶ腫れてるな」

「みたいですね」


まるで自分の事じゃない様に自嘲気に笑ってそう言った私を、一瞬チラリと上目使いで見た後、再びタオルと氷を添えて私の足を冷やし始めた常務。

静かな廊下に、沈黙が降り続く。


微かな明かりが灯る廊下の中に、たった2人っきり。

心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかって程、大きく鳴る鼓動。

目の前にいる常務を見る事ができずに、ただじっと自分の右足を見つめた。

だけど。


「――…どうして、そんなに優しくするんですか」


抑えきれずに零れた声は、どこか冷たいものだった。

胸の奥に仕舞い込んでいたのに、我慢できずに零れた。

だって、こんなに優しくされたら、もう……。


ゆっくりと視線を上げると、彼も同じ様に伏せていた瞳を上げた。

薄暗い世界の中に、黒目がちな瞳が浮かび上がる。
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