嘘つきな君
それから、あっという間に店の外に連れ出された私。

そして、そのまま何も言わずにエレベーターの中に押し込まれた。


抵抗する間もなく、彼が押したボタンの階にエレベーターは動き出す。

一瞬にして静かな箱の中に2人っきりになって、バクバクと心臓が早鐘を打ち始める。

それでも、やっと現状を把握しだした私は、聞きたかった事をようやく口にする。


「―――ど……して、ここに?」


誰もいないエレベーターの隅に体を寄せて、小さくそう呟く。

その声に反応する様にゆっくりと振り返った常務は、呆れたような溜息と共に無造作にスーツのポケットに両手を突っ込んで口を開いた。


「たまたま、プライベートでこのホテルに用があった。で、なんの企みか分からないが、菅野からここのバーに来いってメールが入っていた」

「――」

「アイツは昔っから、たまに何を考えてるか分からない奴だ」


クシャっと腹正しそうに髪を掻き上げて、そのままエレベーターの壁に背中を預けた常務。

伏せた瞳の上に、長い睫毛が綺麗に並んでいる。


その姿の向こうに見えるのは、初めて出会ったあの日と同じキラキラと輝く夜景。

その光景を見つめながら、さっきの先輩との会話を思い出す。


ある日両親を事故で無くして天涯孤独となった兄弟に訪れた、突然の出来事。

そして、兄の死。

得た物を全て失ってしまった、あなた。

誰からも愛される事なく育った、あなた。


今、何を思うの?

何を願うの?


「――…聞いたんだろ?」


そんな私の心を読む様に、問いかけられた言葉。

その言葉に応える様に、小さく声も出さずに頷いた。


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