嘘つきな君
微かな沈黙と同じくして、軽やかな音と共にエレベーターが止まる。
同時に開いた扉の向こうには、ズラリと部屋が並んでいた。
きっと、このホテルの客室。
戸惑う私を他所に、ゆっくりと常務が壁に預けていた背中を戻して私を見つめる。
そして、自嘲気に笑って口を開いた。
「誰かに聞かれて、いい話しではないだろ?」
そう言った後、ポケットに手を入れたままスタスタとエレベーターを降りた彼。
その後ろ姿を見つめながら、足を前に出そうか迷う。
だって――。
きっと、もう一度彼に歩み寄ったら、私はもう引き返す事は出来ないと思うから。
もっともっと深い迷路に迷い込んで、二度と出てくる事が出来なくなる。
麻薬の様な彼に溺れて、ボロボロになってしまうかもしれない。
先輩の話を聞いた今、私の恋に未来がない事は明白で。
涙を流す自分が、安易に想像できた。
――戻るなら、今しかない。
動かない私に気づいて、数歩先を歩いていた彼が立ち止まって振り返る。
そして、何も言わずに私を真っ直ぐに見つめた。
その姿に胸が締め付けられる。
簡単に、私の意思なんて壊してしまう。
彼の全てが、私の胸を焦がす。
どうしようもないくらいに心を揺るがす。
今にも、泣き出してしまいそうなくらいに恋焦がれてしまう。
だけど、その先にあるものは決して幸せなものじゃない。