嘘つきな君






「遅い」


化粧もままならない顔で、ゼイゼイと肩で息をする私に落とされた最初の言葉はそれだった。

文句を言おうにも息が整っておらず、思いっきり睨みつける事しかできなかった。


「10分遅刻だ」


そんな私を横目に、いつも通り完璧な佇まいで腕時計に目を落とした常務。

一言も喋らなければ、非の打ちどころもない程パーフェクトな人なのに、口を開けばこれだ。

男と女では用意する物も、準備する時間も違う事を彼は知っているのだろうか。

――いや、きっと知っていて言っているんだろう、この悪魔は。


「これでも、かっ飛ばして来たんですからっ」

「遅刻したら、言い訳にしか聞こえないぞ」

「2時間前に海外行くって言われて、間に合う人なんていませんよっ!!」

「間に合わせろ。秘書だろ」


相変らずの、上から目線。

仕事用の顔になっている彼は、とことん厳しくて俺様だ。


言い返す言葉も見当たらず、ゼェゼェと息を整えながら彼を睨みつける。

そんな私を黒目がちな瞳で見下ろしていた彼が、徐に胸元から飛行機のチケットを取り出した。
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