嘘つきな君

そんなはずはない。

だって、あの日も一緒に鍋をしようって話していた。

一緒に、って――。


「何か、あったの?」


別人のような彼に、そっと問いかける。

壊れ物に触れるように、そっと。


寒さとは別に、体がカタカタと小刻みに震えだす。

違っていてと、心のどこかで私が叫んでいる。

間違っていてと。

笑って、冗談だって言って――。


そんな私の問いを聞いて、ふっと瞳を一度伏せた彼。

まるで、うんざりしたように。

その表情を見て、背筋が凍る。

嫌な予感が、渦を巻いて大きくなる。

そして。


「もう、終わりにしよう」


遮られた言葉に、息をするのも忘れる。

触れようと持ち上げた片手が、宙で動きを止める。

必死に作っていた笑顔が張り付く。

ストンと高い場所から心臓を落とされたように、背筋が冷たくなる。


「え……?」

「終わりにしよう。全部」


意味が分からなくって、ただ立ち尽くす私。

そんな私を、ゆっくりと持ち上げた視線で見つめる彼。

その黒目がちな瞳が、闇の中に溶けてしまいそう。

その中に、私は映ってはいない。


「何言って……」

「初めから、こういう約束だろう」

「だけど、どうして突然……」

「突然じゃない。ずっと考えていた。今が潮時だ」

「潮時?」


私を真っ直ぐに見つめて、ただ淡々と言葉を落とす彼。

その姿が、現実なのか夢なのか分からない。


「待って……意味が分からない」

「何度も言わせるな。もう終わりにしよう」

「突然そんな事言われて納得できると思う!? それに潮時って何!? 何を吹き込まれたの!?」

「俺の意志だ」

「嘘っ!!」

「嘘じゃない」


張り上げた声が、暗闇に溶けていく。

感情的な私とは違い、彼は酷く冷静に淡々と言葉を紡ぐ。


それが更に悲しさを増幅させて、訳が分からなくなる。

声を出す度に、彼が遠のいていく気がする。

私と彼の間に、溝ができていく。

深い深い、溝が。


思わず彼に駆け寄ってスーツの端を掴む。

それでも、常務は何一つ動じずに、ただ冷たい視線で私を見下ろした。

まるで軽蔑するように。

邪魔だというように。

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