嘘つきな君
「――アメリカ?」
秘書室に響く、私の声。
やっと心を決めて会社に足を向けたのに、そこに常務の姿はなかった。
「そ。今日の朝一便で行ったみたいよ。聞いてないの?」
パソコンを打っていた手を止めて、先輩が立ち尽くす私を見上げた。
その言葉に、胸に棘が刺さったような痛みを生む。
「急な会議が入ったみたいでね。私達もさっき聞いたの。まぁ、婚前旅行でも兼ねてるんじゃない?」
「――え?」
状況を把握しようと頭をフル回転させていたのに、思わぬ言葉に思考が停止する。
ドクンと心臓が大きくなって、握りつぶされたように息も出来なくなる。
――婚前旅行?
「それって……どういう意味ですか?」
声を震わせまいと、ぐっと拳を握りしめる。
涙を流すまいと、唇を噛みしめる。
聞かなければいいのに。
聞かなかった事にすればいいのに。
止まらない。
「あれ? 芹沢知らないの? 常務婚約したみたいよ」
「――」
「あの園部グループのご令嬢と。今時政略結婚なんてあるんだって驚いたけど、あの2人を見ていたら、もしかして普通の恋愛結婚なんじゃないかって思っちゃった」
「どう……いう……意味です……?」
「ん~。何日か前に一緒にいる所を見たんだけどね、とっても仲睦まじい感じだったの。とくに園部のご令嬢なんて常務にベタ惚れよ。まぁ、あれだけ男前なんだから、当たり前だろうけど」
ケラケラ笑う先輩の声が遠くで聞こえる。
何も考えられない。
息が苦しい。
言葉が津波の様に襲ってくる。
「まだ公にはしてないみたいだけど、近々正式に発表するって」
「今日のアメリカへは……園部のご令嬢も?」
「そう。秘書も何もつけていないから、半分プライベートみたいなもん。ほら、彼女も少し前までアメリカにいたじゃない?」
思い出すのは、ビスクドールの様に可愛らしい顔。
色素の薄い髪や瞳が、じっと私を見つめる。