星が降るようで
 コン、と控えめなノックに私は勉強の手を止める。時計に目をやれば、ちょうど零時をまわったところだった。
 部屋のドアを振り向けば、下の隙間から一冊のノートが差し込まれている。私はそれを胸にぎゅっと抱きしめると、いそいそと机に戻ってページをめくった。

『まゆこへ』

 彼特有の角張った筆跡に思わず微笑む。

『こんな雨の夜は、君が死んだ日を思い出します。まゆこ、君は自分が死んでもどうか他の人と家族を作って幸せになって欲しいと手紙を残してくれたけれど、結局僕には無理な話でした。君のいない十八年間、僕はずっと生きながら死んでいた』

 ……長い長いため息が、しとしとと雨音に沈んだ部屋の空気に溶けていく。
私は彼の想いの上に手を置いたまましばらく動けずにいたが、やがて返事を書くべくペンを手に取った。

『誠一へ』

 愛しい名前をゆっくりと、刻み込むように。

『今丁度、あなたと行った遊園地のことを思い出していました。もう一度、一緒にあの観覧車に乗りたい……』




「理沙ー! さっさと起きなさい、遅刻しても知らないからねー!」

 階下から飛んできた母の声で私は重い体をむくりと起こした。眠い目を擦り擦り、リビングへ向かう。

「ほら、さっさと食べちゃいなさい。智樹はもうとっくに準備出来てるわよ」

 正面に座る兄はこちらを一瞥もせずコーヒーを飲んでいる。私も俯くようにして無言で食べ始めた。

「あんた達ねえ、毎朝毎朝、おはようの一言くらい言ったらどうなの?」

「……行ってきます」

 母の小言を遮るように椅子を鳴らして兄が立ち上がる。
 バタンと音を立てるドアを見やり、母はため息をついた。

「昔はあんなにベッタリだったのにねえ。まあ年頃の兄妹なんてそんなものか」

 違う。そんなありふれた話ではない。誰にも言えない、あのノートに綴られた2人だけの秘密が私たちの口を閉ざすのだ。
 まゆこ。閉じられた世界で彼が呼びかけるその名前は、私の前世のものだった。
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