星が降るようで
 今から四十年前、私と同じ十六歳のまゆこは誠一という同級生に出会った。二人は惹かれ合い恋に落ちて……結婚式の直前、まゆこの死を以てその愛の物語に幕を下ろした。享年二十四だった。
 物心ついた頃からその記憶を持っていた私は、やがて兄もまた誠一の記憶を受け継いでいることを知ったのである。
 恋人達の思いがけない再会は、けれど喜ぶにはあまりにも大きな障害が立ちはだかっていた。
ちょっとした癖や仕草、大好きだった笑い方……諦めるしか術がないと分かっていても、心は兄の中に誠一を求めてしまう。誠一として見てしまう。それは兄も同じだったようで、ある時こう提案してきた。

「これからはこのノートでやり取りをしよう。昔に戻るのはこの中でだけ。その他の場所では、俺達は普通の兄妹だ」

 どうして兄妹として生まれてきてしまったのだろう。兄が誠一とわかった日から、何度も繰り返した疑問だ。
 もし、他人だったら。
 そうすればもう一度やり直せただろうに。幸せで幸せでたまらなかった、あの、まゆこの時間を……

「理沙、理沙ってば!」

ポンポンと肩を叩かれてはっと顔を上げる。

「もう、聞いてなかったでしょー」

「ごめん陽菜。何だったっけ?」

「だからぁ、昨日先輩が二組の子と帰ってるの見ちゃったんだってば! もうどうしよう、私失恋しちゃうかもー」

 言うなりわあっと顔を覆う。部活の先輩に片想いしているというこの友人を中心に、彼氏への愚痴や惚気を抱えた女の子も寄り集まって、最近の昼休みは決まってこういった話題で盛り上がっていた。

「もう思い切って告白しちゃえば?」

「えーっ、そんな勇気ないよー! それにもし振られちゃったら部活でもやりにくいし……」

 きゃあきゃあと騒ぐ彼女達は叶わぬ恋の悩みさえこの年頃特有のきらめきに変えて、綺麗なかけらとして足元に振りまいていく。報われるとも報われずともしばらく後の未来には、きっとそれらを穏やかに振り返りながら微笑むのだ。
 それが分かっているからこそ、余計に羨ましさが胸に溢れた。

「……いいな」

 無意識のうちに零れていたようだ。さっきまで嘆き合っていた陽菜たちは途端わくわくと目を見開いてこちらに注目した。

「えっなにそれ、理沙好きな人いるの?」

「誰? 私の知ってる人?」

 誠一って名前なんだよ。とっても優しくて、私のこと大事にしてくれるの。婚約もしていて……でも、もういないの……

 言ってしまえたらどんなにいいだろう。私は膝の上の手をギュッと握り込む。早く家に帰りたい。帰って、あの二人の世界に……
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