こんな恋のはじまりがあってもいい
真野のひとりごと5
彼女は一瞬、驚いたように俺と吉野を見たが

「……あー、ごめん。日誌忘れて取りに来ただけだから」

はは、と乾いた笑いでその場を取り繕うように進み、サッと日誌だけつかんで
逃げるように去った。

「…………」

あまりにも一瞬の出来事に
俺と吉野はポカンとそれを眺めただけだった。


そして、この状況にハッと気がつく。

「……あのさ」
「……うん」

俺が言おうとした事が伝わったのか、吉野も変な顔をしている。

「この状況、もしかして」
「……だよね」

勘違い、されたんじゃないだろうか。
二人で顔を見合わせる。

うーん……
これはマズい。
とても、マズい気がする。

深くため息をついて、頭を抱える俺に
吉野が話しかけてきた。

「……真野くん、この際聞いていい?」
「……何を」
「あかねの事、どう思ってる?」
「…!?」

突然降って湧いた質問に、思わず腰を抜かしそうになった。
ズル、と机から落ちそうになる。

「……なんだよ急に」
「なんとなく」

女の勘って怖い。

「……さあ、どうでしょう」

俺は適当にはぐらかし、机から降りると鞄を引っ掴んだ。
「ま、ご想像にお任せします」
「なにそれズルイ」

はは、と笑って教室を出る。
吉野はこれから東の部活が終わるのを待つらしい。

「真野くんこそ、素直になった方がいいんじゃないの」
「余計なお世話です」

では、と右手を上げて挨拶する。
吉野はわかりやすく頬を膨らませ、両手を腰に当てて仁王立ちしていた。
「も〜」

「ま、早めに解決しとけよ。じゃあな」
振り返らず、廊下を歩く。

きっと、二人はもう大丈夫だろう。
吉野も市原の事を考えていたんだ。
アイツらいい友達だね。

けれども
さあ、明日からどうしようか。
この、勘違いされた状況。

吉野が訳を話してくれたら、解決するかな。
俺が言い訳する方がややこしい。

「は〜とんだ災難……」

俺はひとりぼやいて
今日はココアも買わずに、とぼとぼと一人
家へ帰った。




翌日。
自分の席から、市原が教室に入るのを確認する。
机に突っ伏し、寝るふりをして耳を澄ます。

他愛ない普段の会話が聞こえる。
なんだ、意外と普通じゃないか。

その事に安堵しながらもなぜか残念で。
いっそこのままふて寝してしまおうかと思った。


そんな時、吉原が話しかけたようだ。
ああ、いよいよか。
修羅場にはならないだろう、と思いながらも
少し緊張して、耳へ神経を集中させる。

なにやら話し込んでいるようだが、
やがて、吉野の泣いてるような声が聞こえてきた。

「ほら〜朝から泣かないの」

市原が慰めるように、吉野の背に手を回し
二人で教室を出て行った。

その様子を見て、ホッとする。
何よりも
二人が仲良くしているのが一番だ。

これでまた、あの二人の楽しそうな声や
彼女の笑顔が見られるなら、良かった。

ついでに
昨日の誤解も解けただろう。
きっと。

「は〜」

軽く伸びをして、1時限目の授業の用意をする。
今日は穏やかに過ごせそうだ。
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