こんな恋のはじまりがあってもいい
真野のひとりごと6
あれからーーー彼女たち二人の仲は特に問題もなく。
いつも通りの日常が過ぎていった。

特にあの時のことを何か聞かれるわけでもなく。
吉野がちゃんと話したならもういいや、と
なんとなく放置して、そのまま忘れてしまっていた。


そんなある日の午後。
ぼんやりと退屈な授業を子守唄に、ウトウトしかけていた時。
先生が市原を当てる声で一瞬目が覚めた。

自分のことでもないのに反応するとは
俺もそろそろ重症か。

誰にも気付かれないよう、そっと目を閉じて耳だけを澄ます。
流暢な彼女の声が聞こえるかと思いきや。

どうやら様子がおかしい。
もしかして

(…………)

おいおい、何してんだ
いつもならスッとこなす彼女なのに。

けれども
あれこれ考えるより先に
体が動いた。

「あれ?今どこ読んでたっけ?」

不思議だ。
自分はこんなことを平気でやってのける人間だったのか。

すぐさま隣の吉野が事情を察して
「も〜真野くん、もしかして寝てた?真ん中3段落目のところだよ」
と、大きめの声で言ってくれた。

ナイス吉野。
二人で目を合わせてニヤリとする。

市原はハッした様子で
それでも何事もなかったかのように
いつもどおり、スラスラと教科書を読み上げた。

どうやら無事にクリアしたようだ。
彼女が着席する瞬間、こちらを見て少しだけ
誰にも悟られないように笑顔を向けた。

おお、イイモン見れた。

先ほどまでの眠気は何処へやら。
かといって浮かれる心を吉野に悟られないよう
俺は改めて、授業に集中するフリをした。




放課後。
靴箱のところで市原を見つけた。
一人で帰るところだろうか。
思わず声をかける。

いつも集中しているはずの授業で
あんなことがあったから少し、気になっただけだ。

「市原」

彼女は振り返り、俺の顔を見るなり
とびきりの笑顔で話しかけてきた。

「あ、真野くん!さっきはありがとうね〜助かったあ」

俺の手柄ではない。
実際、読むところを指摘したのは吉野だ。

それにしても。
なぜ俺はあの時あんな行動に出たのか…
自分でも謎だった。

なんとなく、照れ臭くてとぼけてしまう。
「さっき?」
「ほら、授業で教科書の…」

ああ、やっぱりその話題だよな。
「あ〜あれか!別に何もしてないけど?」

あくまで俺はピエロを演じる。
そこまで好意の押し付けはしたくない。

あくまで、偶然。
そう、偶然。

俺の衝動的な行動も、きっと偶然。

そう思う事にした。
そうじゃないとーーー

「いやいやそんなご謙遜を」
市原はコントのように手を左右に振ってそう茶化す。
そうそう、そのノリがいいんだよ。
シリアスとかごめんだ。

「え?寝てたら市原が当てられる声で目が覚めてさ、やべえと思って吉野に聞いただけだぜ?」
ほぼ事実だろう。

彼女はそれを聞いて一瞬固まっていた。
目を丸くして、確認してくる。
「…マジ?」

俺はとことんすっとぼける。
「うん。てか『助かった』って…市原も寝てたの?」
コイツが寝るはずないのもわかっていたけど。

案の定、真面目に答えてくれる。
「あたしは寝てないけどボーっとしてて、ウッカリ当てられたから焦ってたんだよ」
こういうところ、いいよなあ。
そんな事を悟られないよう、オーバーアクションで答える。

「なるほど!それでか〜!うんうん、それはタイミング良かった」
「え?今気づいたの?」
市原が本気で驚いている様子が面白いのだが
そこは堪えておく。
「そう」

少しフリーズしていたが、すぐに理解しなおしたようで。
「そうか〜まあそれならそれで。結果私も助かったから」
おお、納得したようだ。
内心ホッと胸をなでおろした瞬間

「ありがと」

そう言って彼女はとびきりの笑顔で俺の肩に手を置いた。


(……!)


不意打ち。
ズルイ。

待て待て待て待て
落ち着け俺。

「おーなんかよく分かりませんが、感謝されてるのだけは伝わった」
「うん!それで良し!」

なんだか棒読みのような口調で答えてしまったが、
バレてないようだ。

さりげなく、そのままの流れで
二人で歩く。

さっきので少し、
距離が縮まったかな〜なんて思うのは
俺だけでしょうか。

ちょっと、調子に乗ってもいいですか。

少しだけ
少し、だけ。

「あ、じゃあさー感謝ついでに」
「何?」
「ココア買って」
「はい?」

少し驚いた彼女の反応にドキドキしながら
精一杯の演技をしてみせる。

「俺さ〜今日サイフ忘れて。寒いじゃん?」

ちょっとお願いしてみる。
ホントは、サイフ持ってるけどさ。

市原は俺の嘘に納得したようで
「ふふ、じゃあ今日は私が買うね」
そう言って自ら自販機でココアを2本買ってきた。

「おーさんきゅー」

やった。
暖かい気持ちと手のぬくもりと
ココアの温かさに感謝して。
一口飲むと、つい本音が出てしまった。
「はー、やっぱうまいわ。あったまる」

隣で笑う声がして。
ふと見ると、目が合った。

やっぱ、いいなあ。

このドキドキを悟られないように
俺はいつもの調子で、帰り道を楽しんだ。
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