こんな恋のはじまりがあってもいい
偶然ってあるんですね。
今日は土曜日。
今週は真野くんも忙しいらしく、私はひとりで買い物に出かけていた。
久しぶりにひとりで出歩いた気がする。

かわいいものを見つけたり、
素敵なものを見つけるとつい、真野くんに教えたくなる。

あとでレポートのようにメッセージに添えようと思いながら
バスを降りたその時。

「あー、もう降ってきてる」

外は雨に濡れていた。
天気予報では、降るのは夜だと言っていたのに。

(安い折りたたみだけど、持ってて正解だった)

降り立った停留所で、バッグに忍ばせていた傘を取り出し広げる。
ふと隣を見ると、女性が仁王立ちして電話越しになにやら言っている。

「もー、降ると思わなかったのよ」
「ね、傘持ってきて……は?無理って今どこ」
「あっ、ちょっと待っ……もう!」
どうやら電話が切られたらしい。

綺麗なお姉さんは肩を落としてがっくりとうなだれていた。
「もー最悪……どうやって帰ればいいのよ」

私は見かねて、つい言葉をかけてしまった。
「あの……どちらまで行かれますか」

突然の声かけに驚いたようだったが、
相手が女子高生だと気付いたのか、少しホッとした様子で答えてくれた。
「東町よ」

東町といえば、ここから歩いてすぐの町だ。
そしてーー真野くんの家の方角。

私はとっさに思いついた言葉をかけてしまった。
「私、今からそっち方面で帰るので……良かったら一緒に入りませんか?」
よく考えるとかなり恥ずかしいことを言った気がする。

見ず知らずの人とひとつの傘で帰るって。

安物だし、このまま傘をプレゼントしてしまおうか。
そう思った時、お姉さんはにっこり笑って言った。

「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

タクシー使うには近すぎるのよね、と彼女はボヤいて
「少しの距離だけ、我慢してね?」

そう言って、道案内をしてくれた。
この道はよく来たことのある道だ。

二人で公園に寄る時のコース。
なんだか真野くんにバッタリ会いそうでドキドキする。

相手が女性だから何も心配することはないけれど
好きな人の家の近くを通るって、こんなにも緊張するんだ。

雨だから会うなんてことは無いのだろうけど。


たしか、真野くんの家もこの近くだと言っていた。
どこの家なんだろう。
そういえば、教えてもらった事ないな。
付き合って結構長いのに。

どうして教えてくれないんだろう。
そんな話をしたこともなかった。

(今度聞いてみよう)

そう思った時、隣から声が聞こえた。
「ここが家なの。ありがとう、助かったわ!」
レンガ造りの、可愛らしくて綺麗なマンションの前だった。

こんな素敵なところに住んでいるんだ、と
思わずぼんやりと見てしまう。

「いえ、お役に立てて良かったです」

ここから自宅まで、そう遠くない。
小さな傘に二人で入ったので、肩が少し濡れてしまったけれども
人助けをした後だから気分が良い。

するとお姉さんは、にっこりと頷いて
「良かったら、ウチに寄って。少し濡れちゃったし、風邪ひいたら困るから」

初対面の人間を家に入れて大丈夫なんでしょうかお姉さん。

「いえ、私も家が近いので大丈夫です」
そこは断って帰ろう、そう決めたところに
後ろから聞きなれた声が響いた。

「……あれ、姉貴」

思わず反射的に振り向くと、相手が目を丸くしているのが見えた。

「えっ」
「真野くん!?」

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