こんな恋のはじまりがあってもいい
意外な素顔


予想外の出来事に、状況を理解するのに時間がかかる。
「どうして姉貴があかねと……?」
「もしかして真野くんの……お姉さん」

二人同時に声を出してしまい、顔を見合わせる。

「なに、二人は知り合……」
お姉さんは言いかけて何か悟ったように、私たちを交互に見た。

「あーーっ!もしかして……」
「ン゛ン゛ンッ」
真野くんはお姉さんの声をかき消すようにわざとらしい咳払いをする。

「あかね、これは俺の姉」
「ちょっと!『これ』扱いしないでよ!」

「……市原あかねです」

真野くんに紹介されて、あらためてお姉さんにご挨拶をする。
なんという事だ。
勝手に傘に入れと勧めた生意気な女子高生だと思われちゃいないだろうか。

「で、なんで二人が一緒にいる……あっ!もしかして」
「アンタのせいだよ」
真野くんが状況を理解するより早く
低い声でお姉さんがそう言いながら、真野くんの頭を両拳でグリグリと押す。

「アイタッ」
「電話したのに忙しいって切ったよね?!」
「だって俺は……」
「うるさいっ」

私はどうしていいのかわからず、ポカンとその様子を見てしまった。
姉弟、なんだ。
あの綺麗な人が、真野くんのお姉さん。

言われてみれば
少し似てるーーかも?

「あかねちゃん?」
お姉さんに名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
「ほら、行くよ」
「え、あの……」
「いいからいいから。お礼させて」

彼女は弟ーー真野くんの着ているパーカーのフードをひっつかみ、ズルズルと家まで引きずって行った。
「ちょ、くるし」
「うるさい」

なんとなく、その場で断りにくくなってしまい
私は黙って、お姉さんと真野くんの後を付いていった。


まさか、こんな展開で
彼の家にお邪魔することになろうとは。

緊張する。


彼の家は、二階の奥だった。
南向きの、光がよく入るリビングに案内される。
あいにく外は雨だったけれど、
晴れた日はとても気持ちの良い空間なんだろうって思う。

「大丈夫?冷えたりしてない?」
お姉さんが気を利かせて、タオルを渡してくれた。

「大丈夫ですよ、お姉さんの方が濡れちゃって……」
「もうホント、あの役立たずのせいで」
「オイこら」

後ろから低い声がする。
真野くんがマグカップを二つ抱えて立っていた。

「座って」
促されて、ソファに腰を下ろすと
目の前に大きなマグがコトリと置かれた。

「熱いから気をつけて」
「ありがとう」

真野くんも自分のらしきマグを持って、私の向かいに座る。
「ちょっと!私のは!?」
「セルフサービスです」
「もう!後で覚えてなさいよ!」

全く、と嘆きながら
お姉さんはキッチンへと向かって行った。

マグからほんのり漂ってくるのは、ココアの甘い香り。
二人で下校時に飲んだ缶のココアを思い出す。

「真野くんといえばココアだね」
「俺も、あかねといえばココアだと思ってるから」

同じことを思ってるのだと思うと、つい頬が緩む。
やっぱりココアは、あったかい。
あの時と何も、変わらない。

「……大丈夫?冷えてない?」
「うん?あったかいよ」
「ココアじゃなくて、あかねが」
「あ、大丈夫大丈夫」
少し会話がズレていたことが恥ずかしくて、
あははと笑ってごまかす。
そんなごまかしも、彼にはバレバレなんだろうけど。

真野くんはふふ、と優しく笑う。
おうちにいるせいかな。
なんだか、いつもと雰囲気が違う。
柔らかいというか。

「ごめん、姉貴があんなので」
「?」
あんなの、とは一体どういうことか。

「だってほら、ガサツだし?どうせバス停でデカイ声で怒鳴り散らしてたんだろ?」
うんざりするような顔で、キッチンをチラリと見る。

すかさず声が返ってくる。
「ちょっと、誰の話?」
「さあ?」
「アンタのスマホ、初期化してやる」
「シャレにならないからやめて」

やれやれ、というように肩をすくめる彼を見て
私は吹き出してしまった。

「え、なに」
「いやだって……真野くんとお姉さん仲良しだなって」
「はい!?」
「会話のテンポが」

キッチンのカウンター越しに、お姉さんがこちらを見ている。
「どこが」
真野くんは眉間にしわを寄せて、迷惑そうに首を振った。

「毎日こんなの、疲れるよ」
「そのセリフそっくりそのまま返却するわね」

うん、やっぱり姉弟だ。
似てる、というとまた同じ会話の繰り返しになりそうだったので
私はこっそり、心の中にしまっておいた。



お姉さんとも少し話して、
ココアも飲み終えた頃には、冷えていた体もすっかり温まった。

帰りは送る、と言われたけれど
「真野くん、忙しいんでしょ?」
確か今日は用事があるって言っていたはず
「いや、もう用事は済んだから大丈夫」

そう言い切られて、家まで送ってもらうことになった。
思わぬご褒美だ。

いつものように、二人で並んで歩く道。
だけど真野くんのおうちにお邪魔したのは初めてでーー

「あ」
私はひとつ、真野くんに尋ねる予定だった質問を思い出した。
「ねえ真野くん、どうして今まで家を教えてくれなかったの?」
「え……」
彼は少しの間、返答に困っていたようだ。

「家を知られるの……嫌だった?」
何か困ることでもあるのだろうか。
すると真野くんは、そうじゃないよと言ったあとで、
ポツリと小さな声で何か言った。

けれども雨のせいで、よく聞き取れない。
「ごめん、何?」
「……もう」
「教えてよ」
「えーー………」

お姉さんがうるさいのが嫌だということは聞こえた。
それともうひとつ。

「俺が、我慢できる自信がないから」
「え?」
「いや、いい……忘れて」
「え、ちょっとどういう意味」
「もう!あかねってば……もう」

雨のせいで冷えてるはずなんだけど
真野くんの耳が少し赤く見えるのは気のせいだろうか。

「とにかく、いろいろあるの」
「なにそれ」
「んーそのうち分かるよ」
「そのうち?」
「そう、そのうち」

なんだかはぐらかされたような気もするけど
彼のココアの美味しさと温かさは本当だから。

そして今日は、お姉さんと話す
いつもとは違う、『弟』な彼の顔が見れたから

「ま、いいや」

また教えてね、とだけ伝えて。
家の前で、引き返す彼の背中を見送った。

私がその言葉の意味を理解するのは、
まだまだ先の話。



「……ったく、あかねってばもう」
彼の悲痛なつぶやきは、雨に消えた。
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