いちばん、すきなひと。
ことのはじまり。
彼に
最初に『会った』のは、14歳の春だった。

中学3年になったばかりの、
新しいクラスの友達の顔もまだなじめない。
4月の、ある晴れた日の日曜。
午後。




「……どこ行こうか。」

暇だから遊ぼう、と誘いに来た割に
大した目的も予定もなく。
友達の優子は、私にそう問いかけた。

「喋りながらブラブラして考えようかーあ、誰か誘う?」
私も特にこれといってやりたい事もなかったので
とりあえずそう答えてみた。

よくある、休日の過ごし方、だ。


私と優子は、同じ部活ーーーー大きな声では言えないが、卓球部に所属している。
この部活の名前を外に出すのは正直、恥ずかしい。
なんとなく、良い印象を持たれないからだ。

でも、それなりに面白いから、続いている。
私と優子の仲も、そんな感じだ。

優子はとっても可愛い。
小学生の頃から知っているが、いつもモテている。
お人形のような可愛らしい顔と、声と、性格で。
いつも私は隣で羨ましいと思っている。


自分が引き立て役だとも自覚して、いる。


それでも、彼女はそんな事知る由もなく
私と素直に普通に仲良くしてくれて。

彼女はとっても色々な事に興味があるようで
オシャレにも詳しく、メイクや可愛い髪型など
色々な情報を教えてくれる。
有り難い反面、外見的にどうしても縁がない私には
ちょっと後ろめたい気持ちもあった。


あの日も、いつもと同じように。
朝から部活へ行ってヘトヘトになるまで顧問にしごかれた。
でも昼から暇なので
つい、二人で遊ぼうという話になった。

何をする訳でもないけど
自転車で他愛無い話をしながら
町をブラブラするのが楽しかった。

時には公園で話し込んだり。
それもその時の流れに任せるのが
いつもの『お決まりコース』だった。


私が返事をすると、そだね、と納得して。
やっぱりいつもどおり
二人で、あても無く午後の町をブラブラするのだった。



いつもと違ったのは。
そこに、新しいメンバーが加わった事。

偶然だった。
いつものルートを通るといえども
二人の行動範囲なんて所詮、校区内。

同級生に出会う事はよくある。
それもまた楽しい。

「優子ちゃん!!」
突然声をかけられ、思わず自転車を止める。
声のする方を振り返ると、女の子が立っていた。

色素の薄い、髪と目の色。
彼女もまた、人形のようだった。
優子とは違う、大人びた印象の。

「わー直子ちゃん。」
優子は可愛い顔をほころばせて手を振る。

私は彼女を知らなかった。
制服を見る限り、同じ学校だ。

「誰?」
小さく、優子に問いかける。
「同じクラスの直子ちゃん。可愛いでしょー。生徒会に入ってるんだって」

海原と書かれた名札を見て。
そこに生徒会のマークも入ってるのを確認した。
午前中に生徒会の用事があり、先ほど帰宅した所らしい。

直子はこちらに走ってきて、何をしてるのかと聞いた。
暇だからブラブラしている、と素直に話すと
彼女も暇らしく、仲間に入れてと言ってきた。

私は、可愛い二人と一緒にいるのは
正直、何となく気が進まなかった。
だけど
それを理由に断るのも酷い話だと思い、黙っていた。


私と優子は小学校から同じだが、今は違うクラスだ。
部活が一緒というだけで、繋がっている。

二人は同じクラスで意気投合したらしく、仲良さそうに話をしている。
自分の中で
ちょっとテンションが下がった。

色んな意味で
自分が外れた気がしたからだ。

三人、という人数が何より気に入らない。
必ず、一対二という図式が出来上がるから。

どっちに自分が属しても、気分がよろしくない。
平和主義者として、もうひとり誰かを巻き込もうと内心考えた。


ちょうど近所の様子を見渡して、提案する。
「ね、陽子ちゃんも誘わない?」

本当に思いつきだった。
陽子ちゃんも、小学校からの友達だ。
中学も同じ。
彼女は部活に入っていないので、きっとこんな日はつかまるハズ。

直子は陽子と面識がない。
けれども、とても明るくて人当たりの良さそうな彼女は嬉しそうにOKサインを出した。
「友達が増えるの嬉しい」
と、素直に喜んでいた。

優子と直子は似ている気がする。
美人な所もそうだけど、性格とかも。
あの、人なつこい感じ。
素直な表情とか。
そういった『ちょっとした事』が、みんなの心をくすぐるんだろうな。
と、思った。

自分にはできない芸当だ。
残念ながら。


そして。内心。
これから呼ぼうと思っている陽子は、自分の立場を理解してくれる子だと思っている。
だから呼ぶのだ。

この、美人な二人に囲まれるという
惨めな気持ちから解放されたい。
その一心だった。


別に陽子が劣っている訳ではない。
むしろ四人の中では自分がやっぱり一番容姿に欠ける。
それだけは自覚して、いる。


けれど。
陽子がいれば。
少しこの場が和らぐのでは、と思ったのだ。
確実に一対二は免れるだろうし。




そう思って、彼女の家へ向かうーーーーーー途中だった。


近所の公園を通り過ぎようとした時。


「あれ、宮野じゃん。」
私は自分の名前を呼ばれ、自転車に乗ったまま思わずキョロキョロとした。


「おい、危ないって!」
え、と気付いた途端、前に見覚えのある顔が見えた。
急ブレーキをかける。

キキキキキーーーーーーッ

「ちょ、危ねーなぁ、オマエどこ見てんだよ」
呆れたような、でもちょっとバカにして笑っているのは。

これまた小学校からの顔なじみ。
宮迫。
こんな所でコイツに会うとは。

「あー宮迫じゃん、何やってんの?」
ボーっとしてたのを笑われる事を恐れて
話を反らす事に決めた私は
宮迫の周りにまだ誰かいるのを確認した。

ザッと見て
男子5人。

オマエらヒマ人の集まりか。
まぁ私も人の事言えないな。

と、内心思ったが声に出さず。

「あれ?宮迫ー!」
後ろから優子も追いつき、状況を理解したようだ。
直子はキョトンとしている。
そりゃそうだ、きっと彼女はあまり面識がないメンバーだろう。

同じ学年だけでも、三百人近くいるのだから
知らない人がいるのは当たり前だ。

この辺りは自分たちの小学校のテリトリーなので
どうしても顔なじみのメンバーが出会ってしまう。
そんなモンだと思っていた。

「あれ、何そのメンバー。」
あぁ、言われると思った。
オマエら私が羨ましいだろう
可愛い子と美人を引き連れて徘徊する私が。

と、言いたくなると同時に
自分が惨めな気分になるので
止めておいた。

「優子と遊んでたら偶然、直子ちゃんに会って今から一緒に遊ぶんだよー」
と、簡単に説明しておいた。
陽子は今から呼ぶけど家に居るか分からないし、勝手に巻き込むのは止めておこうと思った。

「そんなことより」
ふーん、と対して興味なさそうな宮迫の顔に安堵しながらも
ついついセオリーどおりに当たり前の事を聞いてしまう。

「アンタたちこそ何してんの?あれ。もしかしてヒマ人の集会〜?」
ついバカにしたように言ってしまうのも、私の悪い癖だ。

仕方ない。
まともに話すのは照れくさい。何となく。

それに普通につき合ってくれる奴だからこそ、言うのだが。
宮迫は否定もせず、「そ」とだけ答えた。

その後ろで。
とある男子が声を出した。

「あ、みやのっちー」

何で私のあだ名を?
と、声の主を見た。

知らない。
誰?この人。

ちょっと背は高そうな感じ。

そういえば、私は学年で背が高いほうだ。
身長162cm。
そして厚みもあるので…全体的に、デカい。

まぁ厚みは置いといて。
その知らない『彼』は
私より背が高そうだった。

ダルそうに自転車のハンドルに両肘をついて
ちょっと前かがみの姿勢でこちらを見ている。

小学校の顔なじみでは、なさそうだ。
あのメガネの長身は見た事ない。


「何?」
とりあえずアンタ誰、というぶしつけな質問は飲み込んで。
返事だけしてみた。

「みやのっち、オレ一緒のクラスだぜ。覚えてないの?」
と言われて。

あー、そうか。そうだわ。
と、思い出した。

彼は、野々村くんとか言ったかしら。
そう、確かそんな名前だった。


でも忘れていたとか失礼極まりないので
知ってるフリをしておいた。

「だから何?知ってるわよ。あ、分かった!アンタら『バスケ部』集団だ」
やっとそこで気付いた。
みんな、バスケ部に所属している。


バスケ部は、学校内で『イケメン』の集まる部だ。
小学生の頃はしょーもないガキだった宮迫も
今じゃそれなりに『オトコマエ』として後輩にキャーキャー言われてる。

という事は。
一応、これはラッキーと言っておくべき事なんだろうか。
イケメン軍団と話ができた。

改めて回りの顔を見る。
うん、確かに目の保養。

でも、私はここに居てはならんのだよ。
後はうしろの二人にお任せだなこりゃ。
と、悲しくなる気持ちを押さえて、会話を続ける。

私のいい所って
こんなイケメンを前にしても
堂々と話せる事だと思う。

自分が『男寄り』だと自覚してるからかもしれない。
『女』を意識しないからかもしれない。

あと、自分の容姿を最低ラインだと自覚してるから
妙な期待も抱かないせいもある。
期待しないから、素直に話せる。

誰も私の事なんて特に何も思ってないでしょ。

だからご覧のとおり、皆もヤイヤイと話かけてくるのだ。

これだけは少し、
後ろの二人に優越感を抱く事ができた。

二人は『女子』なので
どうしてもお互い「身構える」のだろう。

あー損だけど得な役まわり。


そして。
くだらない話をしただけで
私達は陽子ちゃんの家へ向かったし
彼らもまた『単なるヒマ人集会』へと戻っていった。


これも、休日に近所ウロウロするなら
『よくある出来事』
だけど。

これが。
全ての、始まりだった。
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