《完結》君と稽古した日々 ~アーサ王子の君影草~【番外編】
「お、俺も…っ!? っ、ひ…っひぇ…!!」

 事もあろうかラインアーサが小さく呻き声をあげた。今ので見つかったのではと内心焦りながらも横目で呻き声の主を睨みつけると呻き声の理由が分かった。
 ラインアーサの手元に一匹の大きな蜘蛛がゆっくりと近づいていたのだ。

「……アーサ、大丈夫だ。その蜘蛛はデカいけど毒はない! 耐えろ!」

「むむむむむ無理…っ! 助けてジュリ!!」

「大丈夫だって! ただの崖蜘蛛だろ?」

「いや! 無理、無理ーー!!」

「静かにしろよ、見つかるだろ!」

「そんな事言ったって無理なものは無理!」

 早くも軽く混乱状態のラインアーサ。頭を左右に激しく振り、泣き出す寸前と言ったところか。いや、既に泣いてる。
 必死に小声で宥めるも大騒ぎだ。

「?! っそ、そこに誰か居るのか? 出て来い! この場を見られたからには生かしてはおけぬぞ!!」

 案の定気づかれてしまった。
 正確には見てはいないのだが、今出ていったら本当に命の保証は無さそうだ。従ってのこのこと出ていく訳にはいかない。しかし…

「良い。放っておけ、大方至らぬ弱者よ」

「ですが…」

「我は一刻も早く帝国に戻りたい。何ならそなたごと崖の下に放ってやっても良いのだぞ?」

「……っ…わかりました…」

 その言葉を最後に突然会話が消え、気配も無くなった。その場は何事も無かったかの様に静まり返る。

 ───よく分からないが助かったのか?

 ジュリアンは腕を伸ばして放心状態のラインアーサの手に近づく蜘蛛を捕まえるとそのまま空中に放った。

「おいアーサ! 大丈夫か? アーサ!!」

「…っ……俺、死ぬかと思った…!」

「何言ってんだ! 肝が冷えたのこっちだって、落ちるのが先か見つかるのか先かって」

「蜘蛛にやられる位なら落ちた方がまし…」

「馬鹿言ってないで早く上に上がろうぜ。何かよくわかんないけどもう居ないみたいだし」

「う、うん…」

 先に登ったジュリアンは一応辺りを確認した。本当に誰もいない。
 先程までここで会話していたのは一体何者だったのか……。

「大丈夫だ! アーサも早く上がって来いよ!」

「さっきの人達。悪い人、なのかな…?」

「さあな。でも善人って感じじゃあなかったもんな、帰ったら陛下に報告しないと!」

「……」

 まだ上がってこないラインアーサにジュリアンは手を差し出した。
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