《完結》君と稽古した日々 ~アーサ王子の君影草~【番外編】
「おいアーサ!」

「……分かった、もういいよ。今まで無理言って悪かったな」

「アーサ!!」

 ラインアーサは俯いたまま目も合わせずに浴場から出て行ってしまった。

「…っ何でそうなるんだよ」

 置いていかれたジュリアンは頭上から降り注ぐ熱い湯も気にせず天井を仰いで拳を強く握り締めた。
 ジュストベルの無言の圧力よりも、何より自分の存在がラインアーサに悪影響を及ぼすと思われる方がずっと嫌だ。

「アーサ。俺は、お前の役に立ちたいんだ…」


 ───その日の夜。久方ぶりに父、グレィスが王宮に帰ってきた。

「ジュリアン、リーナ! 元気にしてたかー?」

 国境警備隊の隊長であるグレィスは、いるだけでその場の空気をカラッと明るくする様な雰囲気の男だ。

「おかえりなさいとうさまぁー!!」

 父の半年ぶりの帰郷に喜んだリーナがさっそくその腕に飛び込んだ。普段は歳に見合わぬ程大人びているが、父の前では素直に甘えん坊である。

「はは、リーナはまた少し大きくなったな!」

「うん!」

「おかえり、父さん」

「ん? どうしたジュリアン。元気ないな」

「え、そう?」

「よし。こういうのは剣に聞くのが一番なんだ! ジュリアン、庭に行くぞ」

 腕に抱いていたリーナを降ろすと大きな荷物の中から自慢の大剣を取り出すグレィス。

「えー今からぁ?」

「もちろん!」

 グレィスはニカッと歯を見せて笑う。こういった時のグレィスには誰も逆らえない強引さがある。だが、不思議と憎めない性格なのだ。
 庭先に出ると二人とも颯爽と剣を構えた。稽古用の物ではなく真剣だ。

「おー! ちゃんと毎日鍛錬してるんだな、いい構えだ」

「……」

「手加減は無しだ。全力でかかって来い!」

「はぁあっ!」

 掛け声に合わせて思い切り剣を振り下ろした。その全力をものともせず受け止める大剣。グレィスの剣技は岩の如く強靱かつ水の様にしなやかだ。受け流され、見る間に力は分散されていく。
 十字に重なった剣をやすやすと押し返され僅かに動揺するも、素早く後退し次なる攻撃を繰り出す。

「お!」

「まだまだぁっ」

 夜の庭に真剣のぶつかり合う金属音が爽快に鳴り響く。
 ラインアーサと一緒に剣の稽古をしつつ、自分なりに技にも磨きをかけたつもりだ。この数ヶ月練習を重ね編み出した技を試すいい機会だとジュリアンは集中して剣先を斜めに構えた。
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