ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間



「由紀恵、  いい加減にしろ」  


声の主は、シェパードだった。
彼の後方では、恵美が心配そうに立っている。


四面楚歌の子猫が、場にいる面々に交互に目を配る。
しばし、各々が黙ったまま、緊張が続く。


最後にフッと不敵に笑みを浮かべると、携帯の操作をしようと画面に目を向ける。
その隙に、シェパードが駆け寄り、子猫の手首を掴んだ。  

が、愛情の失せたシェパードに送る彼女の視線は、すでに正気ではなかった。  


「へへ、もう送っちゃった」  


シェパードから沙希に視線を移し、子猫は酩酊したような口調で言い、また笑った。  


――送った?

――あの写真を?  


終わった。 一番恐れていたことが、現実となってしまった。
血の気が引いていく、かと思えば逆流するように頭に血が上る。


立っていることができず、沙希は雨で濡れた路面にへたり込む。
咄嗟に頭を過ぎったのは、ショックを受けているであろうハチの顔だった。


あんなに優しくて、あんなに尽くしてくれたのに…
すべて、終わってしまった。  


「目を覚ませ、由紀恵」  


シェパードが子猫の頬を引っ叩く。
髪が乱れるほどに叩かれた子猫は、頬を押さえながら、掴まれていた手を振り払った。


最愛の男に手をあげられたことが、信じられないといった表情で震えている。
ゆっくりと後ずさりしながら、距離を取ると、振り返って走り去っていった。  


あの状態では、何をしでかすかわからない。
心配した恵美に促されて、シェパードが後を追う。


場に残された二人はしばらく黙っていたが、恵美が沙希に声を掛けた。  


「大丈夫ですか?」  


「ええ」  


呆然とする沙希は、力なく答える。
歩く気力もなくなった沙希は、恵美に頼んでタクシーを呼んでもらった。


そのまま、家へと向かう。


ひょっとしたら、写真は送られてないのではないか?
操作ミスもあるし、宛先の間違いだってある。


が、子猫がそんなミスを犯すはずがない。
楽観と悲観に揺れ動いていると、タクシーはマンションの前まで来ていた。  



< 148 / 153 >

この作品をシェア

pagetop