ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間



「部長、お待たせしました」


「遅かったな」


経年でたるみ垂れ下った瞼と頬、ふてぶてしい態度はブルドッグそのものだ。


「座りたまえ」


とブルは面倒くさそうにソファを顎で指した。


ソファに目を移すと、そこには同じ総務部経理課の相馬君が俯いて座っていた。
気がつかなかったのはブルに気を取られてか、彼の覇気の無さか。


相馬君は社長の息子で、行く行くは社長の座を継ぐだろう男。
綺麗な顔立ちとクリっとした眼が愛くるしいポメラニアンだ。


黙っていても、将来は約束されている。
現在の業務にしたって、当たり障りのない部署で他社員への体裁合わせに社歴を積んでいるだけだ。


愛想を振りまくのは得意だが、仕事への熱意は皆無に等しい。
周囲も『王子様』扱いを余儀なくされている。



二人が部長室に呼ばれた理由は察しはついていた。


彼には婚約者がいる。
相手は得意先の社長令嬢とのこと。
噂では変な虫がつかないよう、社長から厳重な監視命令が出ているらしい。


それなのに、ポメと私はつい先日一夜を共にした。
その情事が何らかの理由でバレたんだろう。


温室育ちのポメの事だ。
私の残り香をつけたまま、彼女に会ったんじゃないかな。


らしいと言えばらしいが、悠長なことを言っている場でもなさそうだ。
まぁ、ブルとパグは気が気じゃないはず。
社長に知れたら、二人の失態となるのは間違いない。


「坊っちゃん、話は終わりましたので業務に向かってください。」


私が席につくと、何故かポメはあっさり解放された。
もう、お役御免ってことか。


それにしても、いくら社長の息子とはいえ、「坊っちゃん」はやめてほしい。
ポメはゆっくり立ち上がると、暢気に欠伸しながら背伸びしている。


「じゃ、お願いします」


ブルに一言お願いすると、ポメはそのまま軽快な足取りで出口へと歩きだした、
どっちが上司なんだとツッコミを入れたくなる光景だ。


余裕綽々に歩きながら、ポメがこちらを一瞥した。
その目には良心の呵責どころか、蔑んだ感じすら見て取れた。


――何?…

――座敷犬の分際で…イキがっちゃって……


キッと睨むと、顔が引きつり、怯えてシッポを巻くポメ。
そそくさと慌てて逃げるように扉を閉めて出て行った。


情けない。
フンと鼻を鳴らして振り返ると、ブルが睨みをきかしている。


その眼差しから察すると、これからが「本番」といったところか。
黙ったままジ~っと睨みつけるブルの目は不気味さすら感じさせる。



さて、どうやって切り抜けようか。



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