ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間



「大和はこの手の交渉が嫌いでな。
あいつは情を捨てられん。
そこさえできれば、
あいつも一皮剥けるんだがな」  


奥歯に物が挟まったような口ぶりで、意味ありげに土佐犬がぼやく。
どんな意味が込めれれているのか考えたが、察しがつくわけがない。


それにしても、いきなり秘書になれだんて…
いくらシェパードが断ったとしても、土佐犬はこの話を進めて行きたいのだろう。  


「大和に相談しないと… 私の一存で決められません」  


と沙希が毅然と返すと、土佐犬は語気を荒げた。  


「大和には相談せずに決めるんだ。
何で、あいつに相談する必要がある?
それに、これは大和の為でもあるんだぞ」  


――シェパードの為?

――どういうこと?  


「大和の為って」
無邪気を装って、沙希は思ったまま訊いた。
「どういうことですか?」  


「や、だから…その…」


沙希が即座に切り返すと、土佐犬の顔に「しまった」と書いてある。


「なんだ…その…別に話すことでもない」  

と明らかに狼狽した土佐犬が口を濁す。  


「教えてください。
私には訊く権利があると思います」  


困り顔の土佐犬を虐めるつもりはなかったが、聞き捨てならないことだけに沙希は執拗に食い下がった。  


「まぁ…その あいつの進退に関わることでもあるんだ」


「進退? どうしてそういうことになるんですか?」  


沙希の執拗な尋問に、土佐犬は手をこまねいている。
闘犬も老いると、意外に脆いものだ。

我慢が利かなかくなったバツの悪そうな子供のように  


「あ~、もういい。
とにかくお前さんには頼んだぞ。
条件は悪くないんだから、
お前さんにとってはいい話じゃないか。
わしからの話はそれだけだ」  


と放り投げるように言うと、立ち上がってフラフラと部屋を出て行った。

何とも理不尽な話だ。
一方的にも程がある。

たしかに自分の懐だけを考えれば、おいしい話かもしれない。。
が、あの闘犬と毎日顔を合わす、そして従順に仕えるなんてことはまっぴら御免だ。
仮に幾ら積まれたとしても、だ。  


ひょっとして、今までの女性問題もこうした交渉があったのかもしれない。
ハスキーの会社の子にしろ、新川恵美さんにしろ、何かを引き合いに出して天秤にかけたのではないか。
言う通りにしろ、さもなくば…と。

まぁ、ここで一人で想像をしてても、答えが出るわけではない。
ポツンと一人残された沙希も部屋を出ると出口へと向かった。



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