うさみみ短編集
「夏の間、頑張って研究したのね?よく出来ているわ。銀賞おめでとう。優(すぐる)君」





先生が自分の頭を撫でながら、そのまだ若い白く張った目元に皺を作って笑っているのが、はっきりと思い出される。





憧れの慶子(けいこ)先生。



名前しか既に覚えてはいないが、自分はその先生の言葉に画用紙の銀賞作品を胸に抱いて、薄くだが笑みを浮かべたのを覚えている。




夏の間、あの虫取り網を離す事は無かった。あの黄緑の虫かごを肩からおろす事が無かった。あの松の木を見上げない日は…一日として無かったのだ。




友人の明るく呼びにくる、その玄関での声にも、自分は首を横に振った。少し物悲しそうに俯く友人を、自分は軽く手を振って見送った。




何故、見送ったか?答えは何時も決まっていた。あの声を聴かなければならないからだ。あの黄緑色の虫かごから、暴れるように飛び回って羽を震わせて鳴く、あの声を聴かなければならなかったからだ。




自分は、あの銀色の折り紙が欲しかった。



厚い画用紙に張られる銀色の折り紙、教室の右端最後尾の机から、毎年銀色の折り紙を貼り付けられた仲間に手を叩きながら、自分はその貼り付けられた銀色の折り紙をずっと睨みつけていた。





今はその時ではない、殻を破り飛び立つ仲間を土の中に居ながら…自分は手を叩いて見送る時なのだ。





そう胸の中で言い聞かせながら、その日焼けした手で仲間の栄光を叩きながら、自分はその銀色になりたいと睨み付けた。




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