寡黙な御曹司は密かに溺愛している
午後七時。
残念、時間切れ。
自分でここまで待つと決めた制限時間を過ぎてしまった。

トレーの上のお皿やグラスを片付けて、カフェを後にした。

会いたかったな。
カフェを出て、最後にもう一度だけと会社の方に目をやった。

「……嘘」

目を見開き、口元を手で覆った。
私の視線の先には、課長の姿があった。

課長は私には気づいていないみたいだけれど、会えたから声を掛けたい。

駆け足で信号を渡ろうとしたその時だった。

「慧さん、会いたかった」

課長を呼び止め、振り向いた課長の胸に飛び込む一人の女性。
こんなにも近い場所でその光景を見てしまった。

つーっと頬を伝う一筋の涙。
慌ててそれをぬぐい、信号を渡ることなく、全力で走り去った。

さっきまで目が合えばいいなと期待していたのに、今は目を合わせたくなかった。

ほんの一瞬だけ、重なった瞳は私を見て、とても驚いた目をしていたから。

「気になる」なんてそんな抽象的な言葉で私が勝手に好きになっただけ。
課長は私のことを好きだとも言ったわけじゃない。

あんな驚いた表情を浮かべるなんて、ちょっとカモにしようかと思ってた女に本命の女といるところを見られたからだとしか思えない。
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