王太子様は、王宮薬師を独占中~この溺愛、媚薬のせいではありません!~
「……嘘つき」
ギルとシャーリーンが扉の向こうに消えたところで、エマの瞳に大粒の涙が盛り上がる。ぎょっとしたのはセオドアだ。
ギルの代わりにとばかりに慌てて弁明を始める。
「エマ、聞いてほしい。ギルは君を騙すつもりでは……」
「騙していたじゃない……!」
エマは反射的にセオドアに怒鳴り返していた。
「騎士団の人間だって、セオドア様も言っていたじゃない。王太子様だなんて知っていたら、あんな失礼なことしなかった」
「エマ、違うんだ。ギルは君と話すのが楽しくてそれで正体を明かすのをためらっていたんだ」
「楽しい? ええ、楽しいわよね。ただの町娘が、王太子様にのぼせていくのを見ていたんだものね?」
「エマ!」
「私、嬉しかったのに。……あの人がお茶を飲みに来て、笑ってくれるのが。……何よりも楽しかったのに」
そのまま泣き崩れるエマに、セオドアもヴァレリアも返す言葉を見つけられない。
しばらくの間エマの嗚咽だけが部屋に響き、ヴァレリアは戸惑ったままただエマの背中をさすっていた。
「……帰ってください」
沈黙を破ったのは、エマのほうだ。
「お二人も、本当だったら私がお話なんてさせていただけないような高貴な身分の方たちです」
「エマ」
「もう帰って!」
取り付く島もなく耳を塞ぐエマに、セオドアは諦めて、ヴァレリアの肩を抱き、歩き出す。
扉の前で立ち止まり、ひと言だけ、優しい声で伝えた。
「エマ、これだけはわかってほしい。王子はね、君の前では“ギル”でいたいと言ったんだ」
エマは答えない。耳を塞いだまま、じっとしてうずくまっている。
「君に嘘をついたのは本当だけど、君といた時のギルは本当のあいつだよ。むしろ、王子として人の前に立っているときのほうが作り物のギルバートだ。君の前ではずっと素のままのギルバートでいたくて、それでなかなか打ち明けられなかったんだと俺は思うよ」
それだけ言って、セオドアは扉を閉めた。
ひとりになったエマは、膝を抱えたまま大きな声で泣いた。
小窓を叩く、コツコツという音がする。バームが開けろと言っているのだ。けれど窓を開けることさえ今は煩わしい。窓を叩く音は、エマが泣き止むまでずっと続いていた。