ショコラの誘惑
「……丸一日とは言いません。午前だけでもいいんです。どうしても無理でしょうか」
最後のごり押し。それに彼は面白そうにニヤリと笑いながら私を見た。
「いやに食い下がるな、蘭(らん)。お前が自分の事でそれ程無理を通そうとするのも、珍しい」
「……」
「理由如何では受理してもいいぞ? いつも仕事熱心な蘭がそれ程食い下がる用件とは、実に興味深い」
「……工藤課長、まだ勤務中です。下の名前で呼ぶのは止めてください」
私たちは上司と部下というお互いの立場上、勤務中に下の名前で呼び合う事は控えていた。私と彼の仲を知っている者もいるが、それがけじめだと思っている。
「蘭、今日の業務は五分前に終わってる」
彼は私の抵抗を面白そうにニヤニヤと笑いながら、また蘭と呼ぶ。この性質の悪い眼鏡男に、敵うはずが無い事は分かっていた。それでも私は、どうしても明日の休暇が欲しかったのだ。
「……受理されないのであれば、仕方ありません。明日は通常通り勤務します」
私は彼から逃げる様にそう言って、事務所を後にした。
その事を知ったのは、昨日の夜遅くだった。
長らくため込んでいたダイレクトメールを何気なく処理していると、一つのチラシに目が止まったのだ。