ショコラの誘惑


「そんな事、真司(しんじ)に言えるわけないよ……」


 事務所を後にして、しょぼくれた気持ちのまま誰もいない更衣室で、帰り支度をしながら一人ごちた。他のよほどの理由があるならまだしも、生ショコラを買いに行きたい、なんて……


 私と工藤課長――――真司は、付き合っている。社内恋愛は特に禁止されていないので、それを知っている人も社内にはいるが。会社でのけじめと、規律とか規則をこよなく愛する彼の為に、お互い社内での呼び方は苗字で『工藤課長』と『森くん』という素っ気なさ。

 まあ、変にベタベタするよりもずっと、仕事はやり易いし噂になったりしなくていいんだけど。それでも、時々それが障害になったりもする。今回みたいに。

 もっとオープンなカップルなら、彼に甘えて休暇をもぎ取ったりも出来るんだろうけど。

 甘え下手な私には、そんな女子力は無い。

 恋人として多少のわがままは可愛いものだと、頭では理解している。今回の事も、可愛らしく真司に休暇をおねだりすれば、もしかしたら休めたのかもしれないけど……

 でも私は、必要以上に真司に甘えたり弱みを見せるのは嫌だった。恋愛は勝ち負けでは無いと理解はしているが、もともとそういう性格は変えられない。

 だから、生ショコラを買いに行きたいなんて、やはり絶対に言いたくなかった。
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