黙ってギュッと抱きしめて
「熱いから気、つけて。」
「はぁい。」

 息を吹きかけて冷ましながら、ゆっくりと口にする。優しい味だ。安心する、遥のご飯の味。

「味の濃さ、大丈夫?味見してないけど。」
「大丈夫。美味しい。」
「ならいい。」
「遥は何か食べた?」
「適当にちゃんと食ってるから大丈夫。」
「そっか。…あ、じゃあもう大丈夫だよ。結構元気になってきたし、ご飯食べたら薬飲んで片付けもやれそうだし。遥はもう帰って…。」
「…翼。」

 真顔だ。確かに表情はあまり変わらないタイプの人間だけれど、遥のこんな表情はもしかしたら生まれて初めて見るかもしれない。

「…な…に?」
「どうしてそんなに俺を帰したいんだよ。来ちゃいけなかった?他に呼びたい奴でもいた?」
「そんな人いな…。」
「俺を置いておけない理由、あんの?」

 怒っている。滅多に怒らない遥が、怒っている。

「…置いておけない…んじゃなくて、置いておく…いてもらっていい理由が、ない…んだよ…。」
「は?」

 怖い。目覚める前の、おぼろげな意識の中の自分だったら良かった。今はもう、意識もはっきりしているし、頭の理解だって追い付いてしまっている。涙が出そうだ。怖いのは遥ではなく、遥を怒らせてしまうようなことを言ったかしたかしてしまった自分が。無意識に、相手にとって嫌なことをしてしまう自分が怖い。そうして恋人は離れていく。

「…ごめんね、怒らないで。私、…何か怒らせることしたんだよね?で、でもわか…わからなくて。」

 我慢しきれなかった涙が零れ落ちた。何に泣いているのかわからない。だけど、たった一つ、わかる気持ちもある。

「…遥。」
「なに?」

 翼はゆっくりと顔を上げた。

「…嫌いに、ならないで。遥だけは。私のこと。」

 嫌われたくない。怒らせたくない。だから、幼馴染のままがいい。他愛もないことを言い合って、ふざけて、駆け引きなんてしないで、ごめんってすぐに謝れる、幼馴染がいい。恋人はたやすく壊れてしまう関係だと知っているから。

「…お前、その顔でそんなこと言うの、卑怯だから。」
< 13 / 29 >

この作品をシェア

pagetop