黙ってギュッと抱きしめて
黙ってギュッと抱きしめて
 目が覚めると、9時半だった。薬の効果なのか身体のだるさはかなり軽減されていた。

「…ん…。」
「あ、起きた。」
「!?」

 眠った時までの記憶はある。確かにその時間まではいた。だが、今はもうそれから何時間経ったのか。

「な…なんで…。」
「なんでって、心配じゃん。熱高かったし。」
「帰ったと…。」
「病人置いて帰んないっしょ。」
「だって…。」

(彼氏でも、家族でもないのに?ただの幼馴染なのに?)

 思わず口をついて出そうになった言葉をどうにかして押し込めた。今そんなことを訊いてしまったら空気がおかしなことになってしまうのは明白だ。

「起きて何か食えるなら作るけど。米も炊いておいたし、あ、ついでに色々片付けておいた。」
「ご…ごめ…。」
「忙しかったんだな。寝食おろそかにするくらいには。」

 見渡せば、散らばっていた服も本も綺麗に整えられていた。久しぶりにフローリングなんてものを見た気がする。

「床が綺麗…。」
「床拭いたし。掃除機はうるさいだろうからかけなかったけど。結構埃たまってたし、そういうのも風邪には結構よくないから。生活環境って大事。まぁ職場と家の往復しかしてなかったんだろうけど。」
「…何から何まで…ごめんなさい。」
「ごめんより、言うことあんだろ。」
「…あ、ありがとう。」
「うん。どういたしまして。で、何食うよ?」
「…ご飯、ちょこっと。」
「白米そのままいけんの?おかゆとかそういうのにする?」
「…じゃあ、卵がゆ。」
「わかった。待ってろ。」

 ポンと軽く頭の上に乗った大きな手。勘違いしてはいけない。これは恋心でもなければときめきでもない。信頼だ。家族みたいな気持ちの延長線上。下手に意識してはならない。
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