月が綺麗ですね
「すまないが、水を持ってきてもらえるか?酔いが回ったみたいだ」

ふいに顔を上げると彼はそう言った。


「はい」立ち上がると私は備え付けのバーの裏にある冷蔵庫を開ける。


「お前はそれほど手に入れたかった女なんだ」

それは私の背中にささやくほどの小さな声で投げられた言葉。でも私には良く聞き取れなかった。


グラスにミネラルウォーターを入れて彼に手渡す。


「ありがとう」


彼は私からグラスを受け取ると、それを一気に飲み干した。


ピンと張りつめた空気がそこにはあった。一瞬私は空のグラスを彼から受け取ることをためらってしまう。それがどうしてだかは自分でも分からない。

副社長の熱い視線が怖かったからかも知れないし、何かを予感させたからかも知れない。


「お、おかわりをお持ちしましょうか?」


震える声を絞り出し、空のグラスを受け取ろうと副社長に近づいた時だった。


彼の長い腕が伸びて、腕をつかむと私の体を引き寄せた。
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