月が綺麗ですね
──着替えを済ませると、私は副社長のデスクの前に直立していた。当然「随分と遅かったな」とのお叱りを受けたことは言うまでもない。


私を一瞥すると、副社長はキーボードを叩いていた手を止め、立ち上がり朝みたいに私の前に立った。


「ぴったりだな」

「...はい、ありがとうございます」

「生地の質も、パターンのラインも我が社の方が全然上だ」

「おっしゃる通りです。着心地が全然違います」

「今頃気づいたのか?」


呆れたような視線が向けられる。


私は営業三課で販促の仕事をしていた。展示会では自社の服に袖を通すことも多々あったけれど、ワンピースやスーツと言ってもファッション性の高いものがほとんどで、今着ているようなビジネススーツは着たことが無かった。

販促の人間として失格と言われれば失格かもしれない。


「申し訳ありません」

「まあいい」


痛いほど副社長の視線を感じた私は、そっと彼から視線をそらした。
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