シンさんは愛妻家
救急外来の出入口の目立たないところに車を停めると、

電話してきた救命医がマスクをした彼女を支えて、やってくるのが見えた。

聞いた通りフラフラしている。
これじゃひとりで帰せない。って分かる。

「常盤先生、解熱剤を飲ませて、
インフルエンザの治療薬も吸入させておきました。
連絡楽しみにしてます。」

と満面の笑みの男に、

「サンキュ。」と言って彼女を受け取って、車の後部座席に乗せて手を振った。

後部座席で震えている彼女に脱いだ上着もかけながら、

「なんで僕なんだよ。」と呟くと、

「…他に信用できる人がいない」と震える声で言う。

やれやれ。


運転席に座って

「家どこ?」

と言うと、小さな声で住所を言ったのでナビを操作し、

ヤマダハイツと言うアパートに向かった。

「インフルエンザの予防接種はしたの?」

「…してません」

「病院に勤めるんだから、それは必ずしないとダメだよ。
病院にいる患者はインフルエンザになんて罹ったら、大変なんだから…」

「すみません。今、お金が無くって…マスクしたり…したんですけど…」

「来年は必ず、11月の後半までにしなさい。
ワクチンの効果が出るのに2、3週間かかるんだから…
わかったね。
自分だって辛いでしょう。そんなに熱を出して…」

「…先生…怒ってるのに、優しいんですね…
迷惑かけて…ごめんなさい。」

「もういいよ。黙って」

全くもう…と僕は口の中で言って

曲がり角でゆっくりハンドルを切った。
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