優しいスパイス
「もうっ、離してくださいよ! ほんとに恥ずかしいですってば!」


「あはは、ごめんごめん。そういうのも可愛いから、つい虐めたくなる」


「っ……先輩!」



二人のやりとりを、作り物の微笑ましい顔で眺めていると、「春木先輩!」と部屋の奥から後輩の声が飛んできた。



「すみません、ちょっとこれ見てもらえませんか?」



後輩が、一枚の写真をヒラヒラとなびかせる。



「ん、どうしたー?」



春木先輩は香恋から体を離して、後輩のいる方へと向かった。



そろそろ作った顔に疲労が溜まってきていたから、春木先輩を呼び出してくれた後輩に心の中で感謝する。






「あ、そうだ、紫映、」



香恋が仕切り直したように、私に顔を向けた。



「今度の日曜、あいてる?」



そう言って少し頭を傾けた香恋のポニーテールが揺れた。



今度の日曜日か。


考えなくても、休日は香恋以外に予定なんて入ったことがない。



「うん、あいてるよ」



すぐに答えると、香恋は嬉しそうに口角を上げて、パン、と顔の前で手を合わせた。



「よかった! 遊ぼうよ!」


「いいよ。どこ出かける?」


「あ、えっとね、」



そう言って、なぜか視線を逸らし言葉に詰まる香恋。



「行きたいところがあるの?」


「うん。ちょっと……水族館に行きたいんだよね……」



なんだかいつもと様子が違ってハッキリと喋らない香恋に、言い知れない不安が湧いた。



「どうして、水族館……?」



おそるおそるきいてみると、「えーっと」とまた言葉に詰まる香恋。



何なんだろう。


絶対何かあるのは確かで、恐怖にも似た不安が胸を覆う。




数十秒。

香恋は視線をあちこちに向けながら、えー、とか、あー、とかうなり続け、やっと決心したかのように私の顔を見た。







「あのね……ダブルデートしない?」




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