優しいスパイス





そう、だったん、だ。









ドクドクと身体に押し寄せる波が、耳をつんざく。



全身が勝手に震えて、足元がふらついた。



慌てて片足を前に出し、体を支えようとした、その瞬間。




――ドンッ



「あっ……」



足がドアのふちに当たってしまった。




ハッと息を吸う音が講義室に響く。




「誰だっ…………って、え……」




気付かれた。








夕陽の入る広い講義室。



そこにいたのは、想い人の春木 俊(はるき しゅん)先輩と、親友の阿木 香恋(あき かれん)。



そして、講義室の入り口で、一人、それを見てしまった私、雪瀬 紫映(ゆきせ しえ)。









「あ、えっと、私、偶然通りかかった、だけで」



弁解しながらも、足の震えが止まらない。



「えっと、その、」


「紫映、違うの、これはっ」



香恋が訴えるように言葉を並べながら、足を進めてくる。



トレードマークのポニーテールが映える、卵型の小さな顔。


短パンがサマになる、細くて長い脚。


くっきり存在感のある瞳。



香恋は、美人だ。




春木先輩が香恋を好きになるのは、当たり前。




そう納得した瞬間、胸に何かがつっかえて、叫ぶように声を出した。




「私……ごめんっ!!」



「違うの、紫映!!」



香恋の震える叫び声から逃げるように、地面に張り付いていた足を、必死に動かし、その場を去った。



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