拘束時間   〜 追憶の絆 〜
 「good morning!Mr.togawa!」 
 
 「社長、おはようございます。早速ですが、本日の予定を......」
  
 「Hi!Mr.Togawa. How do you do?」
 
 「社長!ミーティングの資料をお持ちしました」

 ーー 俺は今、こんなにも目まぐるしい毎日を送っているというのに、この心は。彼女と過ごした、あの甘い日々に留め置かれている。
 
 日本から遠く離れたこの場所は、曇り空の日が多くて、まるで俺の気鬱を代弁しているかのようだ。

 「今日の午前は、提携先の『GEED』とのミーティングだったな......」
 
 株式会社『GEED』、思い出す。新入社員として初めて彼女に会った日のことを。

 「予備の資料も用意しておいてくれ。」
 
 早朝の社内で、独りノートパソコンと格闘していた俺の前に現れた新米OLの彼女 ーー。
 
 はにかんだ笑顔、純真な眼差し、細い腕と足、そして、小さな背......。

 ”この子が、そうか.......”と、思った。

 「社長、本日のミーティングは『GEED』の新作アクアリウムの宣伝予算についてです」
 
 「アクアリウムか......」

 初めて二人で海に行った日のこと。

 あの日、彼女の頬を伝った涙は、春の海のように清らかで透明だった。

 涙をぬぐった後。そのまま俺の手のひらで彼女の頬を包み込み、そっとキスをすれば良かった......。

 だけど、そんなことをしたら彼女に嫌われていたかもしれない。

 今となっては、真相を確かめることは出来ない。

 「宣伝キャラクターは、”クラウンアネモネフィッシュ”をメインに使いまして......」

 「キャラクター商品の製作予算は、どれくらいだ?」

 彼女が水槽の中で見つけた”クラウンアネモネフィッシュ”
 
 『アネモネ』花言葉は、”君を愛す。”
 
 今は、伝えることは叶わない。

 ーー 俺の傍に彼女が居ない。

 彼女は、ある日。忽然と俺の前から消息を絶った。

 初めて二人で春の海を見に行った日、俺は心から彼女に誓ったのに......。


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