拘束時間   〜 追憶の絆 〜
 「社長、昼食は役員達と共にされますか?」
 
 「いや、今日は独りで摂る。ああ、そうだ......」

 彼女は、どうして俺のもとを去ってしまったのだろう ーー?

 やはり、これも天罰か。

 「チケットの手配は済ませてくれたか?」
 
 「はい。5月12日の午前8時3分、バンクーバー国際空港発。362便のファーストクラスを......」
 
 「分かった。ありがとう」

 ーー 本社の社長に就任した俺は、来月日本に帰国する。
 
 彼女が居ない、あの大きくて広い寒々しい家に帰るのだ。
 
 俺の部屋に初めて彼女が来た夜 。頬を桃色に染めて毛布にくるまった彼女の姿を見て俺は、壊れやすいものを慈しむような感情が芽生えた。

 暗闇を青白く照らすLEDライトの光の中、彼女を見守りながら過ごした夜......。

 ふと、真夜中に目を覚ました彼女は。俺に幻影を見出し瞳を揺らせながら、小さく語りかけてきた。

 そして、夢うつつに俺の指先を赤ん坊のように握った。

 俺は、その時。ただ微笑み返すことしかできなかった。

 すると彼女は、安心したように再び眠りについた......。

 その夜から8年の歳月が過ぎた ーー。



 「指示を残す。『BLITH』社の顧客リストを来週中にまとめて本社に送っておいてくれ。それから、『GEED』の藤川社長に、午後一番にアポを取ってくれ。」

 ”ずいぶん偉くなったな”と自分自身で思う。
 
 いや、”偉そうにしているだけ”だ......。

 ーー 俺は愛する女(ひと)を傷つけた罪人だ。

 俺は、8年前。あの夜に、そして春の海でも、彼女に嘘をついた。

 そんな俺を彼女は。その純真な心のままに信じてくれた。

 彼女は、今も。当時のまま純真だろうか......?
 
 ーー その身体ごと。

 
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