拘束時間   〜 追憶の絆 〜
 老若男女の別無く初対面の相手との容赦ない密着。

 朝の満員電車ほど、えげつないものは無い。

 そう思っていた。2ヶ月前までは。

 今は、朝の満員電車ほど、ときめく場所は無い。

 必然的に彼と高密着できる空間。

 「今日座れたから。まだ眠かったら俺の肩に、もたれて」
 
 「うん。......眠い」

 そう言って私は、彼の肩にもたれて甘える。

 そして、彼も私の髪に頬を寄せて。お互いに自然と笑みがこぼれる。

 ーー 会社までの束の間の幸せな時間。

 周りの大人達は、”全く最近の若い子はっ!”なんて思っているのだろうか?

 それでも、私達は二人の時間を大切にしたい。

 本当は、このまま手も繋ぎたい。

 だけど、そしたら完全に週末デートモード......。
 
 だから仕方なく、私達は。お互い膝に乗せている自分のカバンをギュッと抱きしめた。

 
 
 「タイムアップだ.....」

 所定の駅で降りて、会社に向かうビジネスマン達の濁流さながらの動きに流されそうになりながら。皆、自分が向かう方向に必死で人の波をかき分ける。

 「ちゃんと、手繋いで」

 彼は私が置き去りにされないようにと私の手をしっかりと握り。人の波をかき分けながら、私を気にして時々後ろを振り返る。

 「沙綾は背が小さいから、人ごみに揉まれて怪我しないか心配だよ」

 「大丈夫だよ。いつも、優斗が前を歩いてくれるから」

 「俺、保護者は辞めたのに。君を守らなくちゃいけない場が、より増えてるな......」

 彼は、眉尻を下げてフゥっとため息をついた。それなのに、とても満足そうな顔をしている。

 「じゃ、これから会社までの道のりも、沙綾をしっかり守って歩くよ」

 そう言って彼は、繋ぐ手に力を込めた。

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