蚤の心臓
「でもぼくも好きってだけで責任は持てないかも。おまえに対しても、おまえの子どもに対しても」

そう冷たげなことを言って彼は私を安心させるように笑い掛けてくれた。
「子ども可愛い~とか子ども大好き~とかアピールしてる保育士志望のくそ女に限ってさ、自分に懐かないガキに厳しいよな。あれ本当なんなんだろう。胸糞悪い」

また誰かを思い出すようにおぇっと舌を出して彼はおどけて見せた。
その点おまえは違うよと言ってくれる。
「子どもが可愛いだけじゃないことをちゃんと知っているんだよね」という言葉はどこまでも私を肯定してくれるようで心苦しい。
うんともううんとも言わないまま、私も彼に笑い返した。

「犀麦が子どもほしいって思ったらその時はちゃんと考えたいけれど、ないでしょう」
明日のことすら分からないような、将来のことなんてロクに考えられないような、そんな私たちが家族になることを前提に話なんて進められはしなかった。

「メンヘラが治ったら考えような」と犀麦は頷いて、それじゃあ行ってきますと私に向けて小さく頭を下げた。

行ってらっしゃいと彼を見送ってから、私は洗いものをしようとも洗濯機を回そうともしないまま、彼がさっきまで眠っていたベッドに入り直した。
きっとムリだなと思った。
どれだけ彼のことが好きでどれだけ今が幸せだとしても、犀麦とは家族になれない。
責任をとらないと言い切れるほど、彼は私のことが好きではない。
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